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第112話 滝の裏に隠れた小さな住人

「誰かいるのかな?」


 白雪は滝の裏側にある細い隙間を覗き込んでいた。


 水の流れる音がすぐ近くで響いている。


 隙間の向こうは薄暗く、奥まではよく見えない。


 それでも、先ほど確かに白い影が動いた。


「こんにちはー!」


 声をかけてみる。


 返事はない。


 代わりに、奥の方から小さな音が聞こえた。


 キュッ。


「おっ!」


 白雪は嬉しそうに一歩踏み出した。


 足元は濡れていて滑りやすい。壁に手をつきながら、ゆっくりと進んでいく。


 隙間を抜けると、そこには小さな空間があった。


 天井から水滴が落ち、壁には青白い苔が生えている。


 床には浅い水たまりがいくつもあり、その間を細い水路が流れていた。


「わぁ、こんなところがあったんだ」


 白雪は周囲を見回す。


 壁際には小さな貝殻が並び、岩の隙間には丸い石が挟まっていた。


 そして、空間の奥に白い影が見えた。


「あっ!」


 白雪が近づくと、影は岩の向こうへ隠れてしまった。


「待ってー!」


 追いかけようとしたが、白雪は足元の水たまりで滑りかけた。


「わわっ!」


 慌てて壁に手をつく。


 危うく転ぶところだった。


「ここ、滑るね……」


 白雪は足元を確かめながら進んだ。


 岩の向こうを覗くと、白い影がこちらを見ている。


 今度は逃げなかった。


 小さな体に、丸い耳。


 白い毛並みには薄い青色の模様があり、背中には小さな貝殻のようなものがついている。


 《水貝モモン》


「モモンだ!」


 白雪はしゃがみ込んだ。


 以前見かけた風綿モモンとは少し違う姿をしている。


 水貝モモンは白雪を警戒するように見つめていたが、やがて岩の隙間から出てきた。


「かわいいねぇ」


 白雪が手を伸ばす。


 水貝モモンは鼻をひくひくと動かし、指先の匂いを嗅いだ。


 そして、ぺたっと前足を乗せる。


「わっ!」


 白雪の顔が明るくなる。


「触ってもいいの?」


 水貝モモンは逃げずに、その場で丸くなった。


 白雪はそっと背中を撫でてみる。


 ふわふわの毛の下に、硬い貝殻のような部分がある。


「背中に貝がついてる!」


 水貝モモンは気持ちよさそうに目を細めた。


 白雪はしばらく撫でていたが、水貝モモンは突然立ち上がり、奥の水たまりへ走っていった。


「あっ、どこ行くの?」


 追いかけると、水貝モモンは水たまりの縁で立ち止まった。


 そして、前足で水面を軽く叩く。


 ぴちゃっ。


 水面に小さな波紋が広がる。


 その波紋に反応するように、水たまりの底から小さな泡が浮かび上がった。


 ぽこっ。


 ぽこぽこっ。


「泡だ!」


 白雪はしゃがみ込む。


 泡は水面に浮かび、ゆっくりと空中へ上がっていく。


 大きさは指先ほどしかない。


 白雪が指で触れると、泡は弾けずにふわりと横へ移動した。


「おお?」


 もう一度触れる。


 今度は少し強く押してみた。


 ぷにっ。


 泡がへこんで、元に戻る。


「これ、前に見た泡と似てる!」


 白雪は泡を追いかけながら、指先で何度も触れてみた。


 水貝モモンも泡を追いかけている。


 二人で泡を追いかけているうちに、白雪はすっかり夢中になっていた。


 しばらくすると、水貝モモンが水たまりの端にある小さな穴へ潜り込んだ。


「そこがおうち?」


 白雪が覗き込む。


 穴の入口には、白い貝殻がいくつも並んでいた。


 その中に、少し大きな青色の貝殻が一つある。


「これ、きれいだね」


 白雪は青い貝殻を手に取った。


 《入手しました:水貝殻》


「貝殻だ!」


 さらに周囲を調べると、水たまりの縁に小さな青い葉が生えていた。


 《入手しました:水泡草》


「これも採れるんだね」


 白雪は必要な分だけ採取した。


 水貝モモンは穴の中から顔を出し、白雪を見ている。


「ありがとう。またね!」


 白雪が手を振ると、水貝モモンは短く鳴いた。


 キュッ。


 その鳴き声に反応するように、空間の奥から小さな音が響いた。


 カラン。


 白雪は顔を上げた。


「ん?」


 奥の壁に、小さな貝殻が埋め込まれている。


 近づいてみると、貝殻の中央に丸い窪みがあった。


 白雪は指先で触れてみる。


 コトン。


 壁の一部が少しだけ動いた。


「おお!」


 貝殻の横に細い隙間ができ、その奥から淡い青色の光が漏れている。


「開いたのかな?」


 白雪は隙間を覗き込んだ。


 そこには、さらに小さな水路が続いていた。


「まだ奥があるんだ!」


 白雪は水貝モモンにもう一度手を振ってから、隙間の向こうへ進んでいった。


 ◇


 黒羽は《根晶の守り手》との戦闘を続けていた。


 壁に張り巡らされた根を二本切断したことで、守り手の動きは明らかに鈍くなっている。


 しかし、まだ完全には弱体化していない。


 守り手の腕が振り下ろされる。


 黒羽は横へ跳び、攻撃を避けた。


 その直後、床から根が伸びてくる。


「まだ動けるのね」


 黒羽は足を引き、根の先端を短剣で弾いた。


 守り手は体をひねり、反対側の腕を振り回す。


 黒羽は後ろへ跳んだ。


 攻撃の勢いで守り手の背中が壁へぶつかる。


 その瞬間、背中に繋がっていた根が一本、大きく揺れた。


「そこ!」


 黒羽はすぐに距離を詰め、残っていた根を切断した。


 パキッ。


 根が切れた瞬間、守り手の体が大きく傾いた。


 胸元の結晶が完全に露出する。


「今なら!」


 黒羽は踏み込み、二本の短剣を交差させるように振るった。


 刃が結晶に当たる。


 ガキンッ!


 硬い音が響き、結晶に大きなひびが入った。


 守り手が両腕を振り上げる。


 黒羽はすぐに後退した。


 ドンッ!


 両腕が床に叩きつけられ、石片が飛び散る。


 黒羽は攻撃の隙を見逃さなかった。


 床を蹴り、再び懐へ飛び込む。


「これで!」


 左右の短剣が、ひびの入った結晶を捉える。


 パキンッ!


 結晶が砕けた。


 守り手の体が大きく揺れ、全身の根がほどけるように崩れていく。


 《根晶の守り手を討伐しました》


「ふぅ……」


 黒羽は短剣を下ろした。


 床に落ちたアイテムを拾う。


 《入手しました:根晶の欠片》

 《入手しました:守り根の枝》

 《入手しました:緑根石》


「これで終わりかしら」


 黒羽は周囲を確認した。


 守り手がいた場所には、小さな台座が残されている。


 その上には、透明な緑色の結晶が浮かんでいた。


 近づくと、結晶が淡く光る。


 《入手しました:根脈結晶片》


「これも素材……」


 黒羽は結晶をしまい、部屋の奥にある壁を調べた。


 守り手が消えたことで、壁の一部に細い線が現れている。


 黒羽が触れると、壁がゆっくりと開いた。


 その先には、今までとは違う明るい空間が見えた。


「まだ続くのね……」


 黒羽は一度、回復薬の残量を確認した。


 探索は順調だが、時間もかなり経っている。


「少しだけ見て、戻る時間も考えないと」


 そう言って、黒羽は先へ進んだ。


 ◇


 ユウマは《白晶の岩蜥蜴》の突進を待っていた。


 残る水晶は三つ。


 先ほどの柱はかなり傷んでいる。


 次に激突すれば崩れる可能性が高い。


 ユウマはその柱の近くに立ち、岩蜥蜴の動きを誘った。


「来い!」


 岩蜥蜴が地面を蹴る。


 ユウマは直前で横へ跳んだ。


 ドガンッ!


 岩蜥蜴が柱へ激突した。


 柱は大きく傾き、表面に走っていたひびが一気に広がる。


 バキバキッ!


 柱が崩れ落ちた。


 その衝撃で、岩蜥蜴の背中の水晶が大きく揺れる。


 一つが根元から浮き上がった。


「今だ!」


 ユウマは駆け寄り、剣を振り下ろした。


 ガキンッ!


 水晶に刃が当たる。


 一度では砕けない。


 岩蜥蜴が体をひねり、尾を振り回す。


 ユウマは後ろへ跳び、攻撃を避けた。


「くっ、あと少し!」


 岩蜥蜴は体勢を立て直すと、今度は口を大きく開いた。


 その口元に青白い光が集まる。


「何だ?」


 直後、水の塊が勢いよく吐き出された。


 ユウマは横へ飛び退く。


 水の塊は床にぶつかり、周囲に水しぶきを撒き散らした。


「水まで使うのか!」


 床が濡れ、足元が滑りやすくなる。


 ユウマは慎重に距離を取った。


 岩蜥蜴はその隙に、再び突進の構えを取る。


「まだ攻撃方法があるのかよ……!」


 ユウマは剣を構え直した。


 今度は水の攻撃にも注意しなければならない。


 ◇


 白雪は滝の裏にあった細い水路を進んでいた。


 水路は狭く、途中から天井が低くなっている。


 白雪は少しだけ身をかがめて進んだ。


「ここ、狭いね」


 水は足首ほどの深さで、ゆっくりと流れている。


 水路の壁には、小さな貝殻が点々と埋まっていた。


 白雪が触れると、貝殻から小さな音が鳴る。


 コロン。


「また音だ!」


 一つずつ触ってみる。


 カラン、コロン、キン。


 それぞれ違う音がする。


「ここも楽器みたい!」


 白雪はしばらく音を鳴らして遊んだ。


 すると、奥の方から水が流れる音が大きくなってきた。


 水路の先は少し広くなり、小さな空洞へつながっている。


 そこには、天井から細い水が何本も落ちていた。


 水滴が水面に落ちるたび、透明な波紋が広がる。


 そして、水面には小さな白い生き物が浮かんでいた。


「わっ、何あれ?」


 白い生き物は丸い体をしていて、透明なひれをゆっくり動かしている。


 水面に浮かびながら、時々くるりと回転する。


 白雪が近づくと、生き物は一斉に水の中へ潜った。


「あっ、逃げちゃった!」


 白雪は水面を覗き込んだ。


 透明な体は水に溶け込むように見え、どこにいるのか分からない。


 しばらく待っていると、一匹が白雪の目の前に浮かび上がった。


「いた!」


 その生き物は水面で一回転すると、白雪の指先に近づいてきた。


 《水泡クラゲ》


「クラゲなんだ!」


 白雪が指先を水面につけると、水泡クラゲはその周囲をゆっくりと回った。


 触れても攻撃してくる様子はない。


 白雪はしばらく水泡クラゲを眺めていた。


 すると、別の場所からも何匹か浮かび上がってくる。


 水面に白い光がいくつも並び、空洞全体が淡く輝き始めた。


「わぁ……きれい!」


 白雪は思わず両手を広げた。


 水泡クラゲたちは水面を漂いながら、白雪の周囲を回る。


 その様子は、まるで小さな星が水の中を泳いでいるようだった。


 《未発見の水棲生物を確認しました》

 《イベントポイントを獲得しました》


 白雪は通知を見て、嬉しそうに頷いた。


「また新しい子に会えた!」


 水泡クラゲを驚かせないように、白雪はゆっくりとその場に座った。


 まだ、しばらく眺めていたかった。


 イベントの二日目は終わりに近づいている。


 けれど、白雪は時間のことをほとんど気にしていなかった。


 目の前にいる小さな生き物たちが、今は何より気になっていたのだった。

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