第111話 水面を流れる白い粒
「どこまで続いてるんだろ?」
白雪は細い水路に沿って歩いていた。
水路の水は浅く、底にある小石までよく見える。先ほど見つけた白い粒は、水面に浮かびながらゆっくりと流れていた。
風に飛ばされていたときとは違い、水に乗るとほとんど動かない。
「水の上でも浮くんだね」
白雪は水面に指先を近づけた。
粒の一つが指に触れ、くるりと回る。
「おお、回った!」
もう一度触れる。
今度は二つの粒がくるくると回りながら、少しだけ離れていった。
白雪はそれを追いかけるように、水路の先へ進んだ。
しばらく歩くと、水路が少し広くなっている場所に出た。
そこには丸い水たまりがあり、中央には小さな岩が一つ突き出している。
岩の上には、白い粒がたくさん集まっていた。
「いっぱい集まってる!」
白雪が近づくと、水面の粒が一斉に動き出した。
まるで何かに反応したように、粒が岩の周囲を回り始める。
「わっ、きれい!」
白雪は水たまりの縁にしゃがみ込んだ。
岩の表面には小さな穴がいくつも開いている。
先ほどの風笛石の岩と似ているが、こちらの穴は水面に近い位置に並んでいた。
「これも音が鳴るのかな?」
白雪は岩に触れてみる。
コトン。
小さな音がした。
もう一度触れる。
コロン。
今度は少し高い音。
「やっぱり音がする!」
白雪は岩の周囲を確認した。
穴の近くには、薄い青色の石がいくつか埋まっている。
そのうち一つに触れると、水面に小さな波紋が広がった。
波紋は岩の周囲を回り、浮かんでいた白い粒を動かしていく。
「おおっ!」
粒が動くたび、岩から違う音が鳴った。
コロン、キン、コトン。
「なんだか楽器みたい!」
白雪は石を一つずつ触り、音の変化を確かめてみた。
すると、岩の裏側に小さな窪みがあることに気づく。
窪みの中には、丸い青色の石がはまっていた。
「これだけ違うね」
指で軽く押してみる。
カチッ。
水たまりの底から、小さな泡が浮かび上がった。
ぽこ、ぽこ。
泡は水面に浮かび、白い粒の周囲を漂い始める。
「泡まで出てきた!」
白雪は泡を指でつついた。
ぷにっ。
泡は少しへこんで、すぐに元の形へ戻る。
「これ、触れるんだ」
もう一度つつく。
今度は泡が弾け、小さな水滴が飛び散った。
白雪は思わず笑った。
「ふふっ。面白い!」
泡をいくつか触って遊んでいるうちに、水面の粒が一か所へ集まっていく。
岩の上に白い粒が集まり、まるで小さな花のような形になった。
その中心から、透明な結晶がゆっくりと浮かび上がる。
「おおお!」
白雪は手を伸ばして受け取った。
《入手しました:水音晶片》
「水音晶片……音の結晶かな?」
結晶を耳元へ近づけると、かすかに水の流れる音が聞こえた。
「すごい。水の音がする!」
白雪はしばらく結晶を眺めたあと、インベントリへしまった。
そのとき、システムメッセージが表示される。
《未発見の自然現象を確認しました》
《イベントポイントを獲得しました》
「お?」
白雪は通知を確認した。
「またポイントだ!」
少しだけ嬉しそうに頷く。
しかし、すぐに水路の先へ視線を戻した。
「まだ続いてるね」
水路は岩場の向こうへ伸びている。
白雪は立ち上がり、再び歩き始めた。
◇
黒羽は《根晶の守り手》との距離を保ちながら、相手の動きを観察していた。
守り手の腕が大きく振り下ろされる。
黒羽は横へ跳び、床を叩きつける枝の攻撃を避けた。
直後、床から細い根が伸びる。
「そっちもあるのね」
黒羽は足元を確認し、根の伸びる方向から離れた。
根は床を這い、黒羽のいた場所を通り過ぎていく。
先ほどから何度か攻撃を試しているが、守り手の体は硬く、通常の攻撃では大きなダメージを与えられない。
ただ、黒羽は一つ気になることを見つけていた。
守り手の胸元にある大きな緑色の結晶。
攻撃を繰り返すたび、そこだけがわずかに光っている。
「やっぱり、あそこが重要そうね」
しかし、胸元は腕と根で守られている。
正面から近づけば、攻撃を受ける可能性が高い。
黒羽は部屋の周囲を見回した。
壁には太い根が張り巡らされている。
その根の一部が、守り手の背中へと繋がっていた。
「……根が繋がっている?」
黒羽は距離を取りながら、壁の根を確認した。
守り手が腕を振り下ろす。
その瞬間、背中の根が大きく引っ張られた。
「なるほど」
どうやら、壁の根が守り手の動きを補助しているらしい。
黒羽は相手の攻撃を避けながら、壁際へ移動した。
そして、短剣で壁の根を一本だけ切る。
パキッ。
根が切れた瞬間、守り手の動きがわずかに鈍った。
「やっぱり!」
黒羽はすぐに距離を取る。
守り手は大きく体を揺らし、床を叩いた。
今度は根の伸びる速度が少し遅い。
黒羽はその隙に、もう一本の根を狙った。
しかし、守り手の腕が横から迫る。
「危ない!」
黒羽は後ろへ跳び、攻撃を避けた。
腕が床にぶつかり、石片が飛び散る。
「一気には無理ね」
黒羽は焦らず、攻撃の隙を待った。
守り手が再び腕を振り上げる。
右側の根が縮む。
黒羽はその動きを見て、左へ移動した。
攻撃が空を切る。
その直後、壁の根を二本目まで切断した。
守り手の体が大きく揺れる。
胸元の結晶が露出した。
「今!」
黒羽は一気に踏み込む。
左右の短剣が、結晶の表面を斬りつけた。
硬い音が響く。
結晶に小さなひびが入った。
しかし、守り手はまだ倒れない。
黒羽はすぐに距離を取った。
「あと少しね」
まだ攻撃は続く。
だが、弱点への道筋は見えてきていた。
◇
ユウマは《白晶の岩蜥蜴》との戦闘を続けていた。
背中の水晶を一つ破壊したものの、相手の動きはまだ鈍っていない。
むしろ、攻撃が激しくなっていた。
岩蜥蜴が地面を蹴る。
ユウマは柱の陰へ移動した。
ドンッ!
岩蜥蜴の突進が柱にぶつかる。
しかし、今度は柱にぶつかる直前で体をひねり、尾を大きく振り回してきた。
「なっ!」
ユウマはとっさに後ろへ跳んだ。
尾が剣にかすり、体勢が崩れる。
そのまま床に片膝をついた。
「くそっ……!」
すぐに立ち上がる。
岩蜥蜴は体を低くし、次の突進に備えていた。
ユウマは相手から距離を取る。
「柱にぶつけるだけじゃ駄目か」
攻撃の仕方が変わっている。
こちらの動きに合わせて、尾を振るタイミングを変えているようだった。
ユウマは周囲を確認した。
広間には六本の柱がある。
そのうち二本には、先ほどから何度も攻撃が当たっていた。
表面にはひびが入っている。
「柱も壊れるのか……?」
そのとき、岩蜥蜴が再び突進してきた。
ユウマは横へ避ける。
岩蜥蜴はひびの入った柱へぶつかった。
ガガンッ!
柱が大きく揺れ、表面の一部が崩れ落ちる。
その衝撃で、岩蜥蜴の背中に残っていた水晶が大きく揺れた。
一つが根元から浮き上がる。
「そこだ!」
ユウマはすぐに踏み込んだ。
剣を振り上げ、水晶の根元を斬る。
パキン!
水晶が砕け散った。
岩蜥蜴が大きく吠える。
「よし!」
しかし、まだ残っている水晶は三つ。
ユウマは一度距離を取った。
柱を利用すれば、もう一つくらいは破壊できそうだ。
ただし、柱自体もかなり傷んでいる。
次にぶつかれば、完全に崩れるかもしれない。
「使えるのはあと一回か……」
ユウマは剣を構え直した。
相手の突進を誘うため、ゆっくりと広間の端へ移動する。
岩蜥蜴の目が赤く光った。
次の攻撃が来る。
◇
水路を進んでいた白雪は、小さな橋の前で足を止めていた。
橋といっても、自然にできた岩の板が水路を横切っているだけだ。
その下を、水が勢いよく流れている。
「ここ、渡れるかな?」
白雪は岩の上に足を乗せた。
ぐらり。
「わっ!」
慌てて両手を広げる。
岩の表面は濡れていて、少し滑りやすい。
「ゆっくり行こう……」
白雪は一歩ずつ進んだ。
途中で足元が滑りかけたが、体勢を整えて渡り切る。
「ふぅ。渡れた!」
《スキル《平衡歩行》の熟練度が上昇しました》
白雪は通知を確認し、橋の向こうを見た。
そこには、小さな滝があった。
水は岩の隙間から流れ落ち、下の水たまりへと注いでいる。
その周囲には、薄い青色の葉が浮かんでいた。
「また水辺だ!」
白雪は近づいてみた。
水たまりの底には、小さな白い石がいくつも沈んでいる。
その中に、一つだけ光っている石があった。
「これ、きれい」
白雪は水に手を入れ、石を拾い上げる。
《入手しました:水響石》
「水響石……これも音がするのかな?」
石を軽く叩いてみる。
コン。
耳を近づけると、かすかに水の音が聞こえた。
「やっぱり音がする!」
白雪は水響石をインベントリにしまった。
そのとき、滝の裏側で何かが動いた。
白い影が一瞬だけ見える。
「あれ?」
白雪は滝の方へ近づいた。
水の流れの向こうに、小さな隙間がある。
その奥から、かすかに何かの鳴き声が聞こえた。
「……誰かいるのかな?」
白雪は滝の横へ回り込み、隙間を覗いた。
暗い空間が続いている。
その奥で、白い何かが動いた。
「おお!」
白雪の目が輝く。
「行ってみよう!」
彼女は迷うことなく、滝の裏へと足を踏み入れた。
まだ見たことのないものが、きっとその先にある。
イベントの二日目は、終わりに近づいていた。
けれど、白雪の好奇心はまだまだ止まりそうになかった。




