第110話 風に運ばれた白い草原
白い粒を追いかけて、白雪は丘の反対側へと走っていた。
「待ってー!」
粒は風に乗ってふわふわと飛んでいく。
手を伸ばしても届かず、少し追いついたと思えば、また風に押されて遠ざかってしまう。
「むむ……なかなか捕まらない!」
白雪は速度を上げた。
AGIに振り切ったステータスのおかげで、草原を走る足取りは軽い。小さな段差を跳び越え、傾いた地面を駆け下り、白い粒の後を追っていく。
やがて粒は、低い木々が並ぶ場所へ流れていった。
白雪は木の間を抜ける。
すると、視界が一気に開けた。
「わぁ……!」
そこには、白い草が一面に広がる草地があった。
普通の草原とは違い、地面を覆っている草は細く、銀白色に近い色をしている。
風が吹くたび、草の先端が一斉に揺れた。
さらさら、さらさら。
まるで、地面そのものが波打っているようだった。
「きれい……!」
白雪は思わず足を止めた。
白い粒は草地の中央へ流れていき、草の間に隠れて見えなくなった。
「どこに行ったんだろ?」
白雪はゆっくりと歩き出す。
足元の草は柔らかく、踏むたびに小さな音が鳴る。
しゃり、しゃり。
「この草、音がするんだね」
しゃがみ込んで一本触れてみる。
細い葉は指先に触れると、すぐに元の形へ戻った。
「ふにふにじゃないけど、さらさらしてる」
白雪は草を少しだけ採取した。
《入手しました:白風草》
「白風草かぁ」
そのまま周囲を見回す。
草地には、小さな白い花が点々と咲いていた。
花びらは細長く、風が吹くと花全体が横へ傾く。
白雪は一輪に近づいた。
花の中央には、小さな丸い実がついている。
「これ、実かな?」
指で軽く触れる。
ぽろり。
実が一つ落ちた。
白雪は拾い上げ、しばらく眺める。
白く透き通った実で、中には小さな黒い種が見える。
「きれいだね。食べられるのかな?」
すぐに口へ運びかけて、白雪は一度止まった。
「……うーん。さっきすっぱい実を食べたばっかりだし、これは持って帰ろうかな」
珍しく、食べる前にインベントリへしまった。
「あとで何かに使えるかもしれないし!」
《入手しました:白風の実》
そのとき、足元の草が大きく揺れた。
ガサガサッ。
「ん?」
白雪が振り向くと、草の間から小さな生き物が飛び出してきた。
白い体に、長い後ろ足。
耳は短く、背中には草と同じ色の模様がある。
《草跳ねネズミ》
ネズミは白雪を見上げると、すぐに草の中へ潜り込んだ。
「あっ、ネズミ!」
白雪はしゃがみ込んで、草の隙間を覗いた。
「こんにちはー」
返事の代わりに、少し離れた場所で草が揺れる。
「そっち?」
白雪が移動すると、今度は反対側で草が揺れた。
「こっちか!」
追いかけてみるが、草跳ねネズミは姿を見せない。
どうやら、草の中を移動するのが得意らしい。
白雪はその場で立ち止まり、周囲を見回した。
すると、少し離れた場所に小さな白い影が三つ並んでいた。
「いた!」
近づくと、三匹の草跳ねネズミが一斉に跳ねた。
ぴょん、ぴょん、ぴょん。
その跳ね方が妙に揃っていて、白雪は思わず笑ってしまった。
「ふふっ。みんな一緒に跳ぶんだね」
ネズミたちは草の上を移動し、少し高くなった地面へ向かっていく。
白雪も後を追った。
そこには、草の根元に小さな穴がいくつも開いていた。
ネズミたちはその穴へ入っていく。
「おうちかな?」
白雪は穴の周囲を観察した。
穴の近くには、白い種がいくつも落ちている。
《入手しました:草跳ねの種》
「種がいっぱい!」
白雪は必要な分だけ拾い、穴の中を覗き込んだ。
暗くて奥は見えない。
手を入れるのはやめておいた。
「おうちの邪魔しちゃだめだもんね」
そう言って立ち上がる。
その瞬間、風が吹いた。
白い草が一斉に揺れ、草地の中央に小さな風の渦ができる。
渦は地面の草を巻き込みながら、ゆっくりと移動していった。
「わっ、何あれ?」
白雪は目を輝かせる。
風の渦は大きくなることもなく、草地の中央を漂っている。
まるで、何かを探しているようだった。
「追いかけてみよう!」
白雪はすぐに走り出した。
◇
黒羽は暗い通路の中を慎重に進んでいた。
先ほどの部屋で《根脈の雫》を手に入れてから、通路の様子が少し変わっている。
壁に張り巡らされた根は減り、代わりに淡い緑色の結晶が増えていた。
「ここは、さっきまでの場所とは違うみたいね」
黒羽は足元を確認する。
通路の先には、小さな明かりが見えた。
近づいてみると、そこは細長い部屋だった。
壁の両側には、根の形をした石像が並んでいる。
そして、部屋の奥には大きな扉があった。
扉の中央には、丸い窪みが一つ。
その周囲には、細い線が複雑に刻まれている。
「何かをはめる仕掛けね」
黒羽はインベントリを開き、手に入れたアイテムを確認する。
《根脈の雫》を取り出し、窪みに近づけてみた。
すると、扉の模様が淡く光った。
「これで開くのかしら」
雫を窪みに置く。
カチリ。
小さな音がした。
しかし、扉は動かない。
「……まだ足りない?」
黒羽は扉の周囲を調べた。
左右の石像には、それぞれ小さな穴がある。
片方には丸い穴、もう片方には細長い穴。
「形が違うわね」
黒羽は少し考えたあと、これまで入手した素材を確認した。
《根脈の欠片》と《根脈の薄晶》。
それぞれ形は違うが、根の模様が刻まれている。
まず《根脈の欠片》を丸い穴へ近づけた。
石像の目が淡く光る。
次に《根脈の薄晶》を細長い穴へ近づけた。
こちらも反応した。
「やっぱり」
三つの光がつながり、扉の中央に緑色の模様が浮かび上がる。
ゴゴゴ……。
扉がゆっくりと開いた。
その先には、広い空間が広がっていた。
中央には大きな根が一本、天井から床まで伸びている。
根の周囲には小さな結晶が浮かび、淡い光を放っていた。
黒羽は一歩だけ中へ入る。
その瞬間、床がわずかに揺れた。
「……!」
根の一部が動く。
壁から細い根が伸び、床を這うようにこちらへ向かってきた。
黒羽はすぐに後ろへ跳んだ。
根は足元を通り過ぎ、壁へ戻っていく。
「罠というより、何かを守っているのかしら」
黒羽は短剣を構えた。
中央の大きな根の向こう側には、何かが丸くなっている。
それがゆっくりと起き上がった。
《根晶の守り手》
大きな木の根を束ねたような胴体に、緑色の結晶がいくつも埋め込まれている。
先ほど戦った《根絡みの番人》よりも大きく、腕の先端は鋭い枝のようになっていた。
「また守り手……」
黒羽は相手との距離を確認した。
一度の攻撃で倒せる相手ではない。
先ほどの番人と同じように、弱点を探す必要がある。
黒羽は守り手の動きを観察しながら、ゆっくりと横へ移動した。
戦闘が始まった。
◇
ユウマは《白晶の岩蜥蜴》の攻撃を避けながら、広間の柱の間を移動していた。
岩蜥蜴は何度も突進を繰り返している。
そのたびに柱へぶつかり、背中の水晶が揺れた。
「やっぱり、柱にぶつけるのがよさそうだな」
ユウマは相手の動きを見ながら、広間の端へ移動した。
岩蜥蜴が低く構える。
「来い!」
突進。
ユウマはぎりぎりまで引きつけてから横へ飛び退いた。
岩蜥蜴はそのまま柱にぶつかる。
ガンッ!
背中の水晶が大きく揺れた。
そのうち一つに、小さなひびが入る。
「そこか!」
ユウマはすぐに踏み込んだ。
しかし、岩蜥蜴は体をひねり、尾を振り回してくる。
「くっ!」
ユウマは剣で受け止めた。
衝撃で後ろへ押し戻される。
体力が少し減った。
「今のは危なかった……」
ユウマは回復薬を取り出して使った。
体力が戻る。
その間に岩蜥蜴は再び体勢を整えていた。
「次は、もっと大きく隙を作る」
ユウマは広間の柱の配置を確認した。
岩蜥蜴がぶつかる柱は、先ほどから同じ場所だ。
ならば、そこへ誘導すればいい。
ユウマはわざと柱の近くへ移動した。
岩蜥蜴が突進する。
ユウマは直前で反対側へ飛び退いた。
岩蜥蜴は柱へ激突した。
今度は大きな音が響き、背中の水晶が二つ同時に揺れる。
ひびの入っていた水晶が、ぱきりと割れた。
「よし!」
ユウマはすぐに駆け寄る。
剣を振り下ろす。
刃が露出した部分へ深く入った。
岩蜥蜴が大きく体を震わせる。
しかし、まだ倒れない。
尾が地面を叩き、周囲の水が跳ね上がった。
ユウマは後ろへ下がる。
岩蜥蜴の背中には、まだいくつか水晶が残っている。
「もう少しだ……!」
ユウマは剣を握り直した。
◇
白雪は、草地の中央を漂う風の渦を追いかけていた。
「待ってー!」
風の渦はゆっくりと移動しているように見えるのに、近づこうとすると少しずつ遠ざかっていく。
白雪が走る。
風の渦も流れる。
白雪が止まる。
風の渦も、少し先でふわりと揺れた。
「なんだか、追いかけっこみたい!」
しばらく追いかけていると、風の渦は草地の端にある大きな岩の前で止まった。
岩の表面には、細かな穴がいくつも開いている。
風が吹くたび、その穴から小さな音が鳴っていた。
ヒュウ……。
ピィ……。
「笛みたいな音!」
白雪は岩に近づいた。
穴の大きさはそれぞれ違い、風の強さによって音も変わっている。
白雪は岩の周囲を歩き、いろいろな角度から音を聞いてみた。
「こっちは高い音で、こっちは低い音だね」
岩の下には、小さな白い石がいくつか転がっていた。
そのうち一つを拾い、穴の近くへ持っていく。
風が吹く。
ピィィ……。
石を少し動かすと、音が変わった。
「おおっ!」
白雪は何度か石の位置を変えてみた。
高い音、低い音、少し濁った音。
まるで、岩そのものが笛になっているようだった。
「これ、面白いね!」
白雪が夢中になって石を動かしていると、風の渦が岩の前で少しずつ大きくなっていった。
そして、岩の穴から一斉に風が吹き出す。
ヒュウウウッ!
「わわっ!」
白雪の髪とマントが大きく揺れた。
風の渦は白い粒を巻き込みながら、岩の周囲を一周する。
その後、ふわりと消えていった。
残されたのは、岩の下に落ちた小さな青白い石だった。
白雪はそれを拾い上げる。
《入手しました:風笛石》
「風笛石!」
石を耳元へ近づけると、かすかに音が聞こえた。
「これ、持ち歩いても音がするんだ」
白雪は嬉しそうにインベントリへしまった。
そのとき、イベントポイントの獲得通知が表示された。
白雪は一度だけ確認し、すぐに岩の反対側へ回った。
そこには、草の間に小さな水たまりができている。
水面には白い粒がいくつも浮かんでいた。
「今度は水の中?」
白雪はしゃがみ込み、水面を覗いた。
粒は水に濡れても沈まず、ゆっくりと流れている。
その先には、細い水路が続いていた。
「行ってみよう!」
白雪はまた歩き出した。
イベントの二日目は、まだ終わらない。
白雪のインベントリには、今日も見慣れない素材が少しずつ増えていくのだった。




