第109話 丘の上の風車
「風車かな?」
白雪は草原の向こうに見える小さな丘を目指して歩いていた。
丘の上では、何かがゆっくりと回っている。
遠くから見たときは風車だと思ったが、近づくにつれて少し違うことに気づいた。
回っているのは羽根ではなく、細長い金属の板が何枚も組み合わさったものだった。
「なんだろう、あれ?」
丘の斜面には背の低い草が生えていて、ところどころに白い粒が落ちている。
先ほど風に飛ばされていった粒と同じものだ。
白雪は一つ拾い上げ、指先で転がした。
「ふわふわしてる」
軽く息を吹きかけると、粒は手のひらから浮き上がり、風に乗って斜面を上っていった。
「おおっ!」
白雪もその後を追いかける。
走って丘を登り、頂上にたどり着くと、そこには古びた風向計のような装置が立っていた。
金属の板が何枚も重なり、中心の軸を囲むように配置されている。
風が吹くたびに、板がそれぞれ違う方向へ動いていた。
「風車じゃなかった!」
白雪は少し残念そうに言ったあと、すぐに装置へ近づいた。
近くで見ると、金属の板には細かな模様が刻まれている。
装置の根元には、丸い石が三つ埋め込まれていた。
「これ、押せるのかな?」
一つ目に触れる。
カチッ。
小さな音がした。
二つ目にも触れる。
カチッ。
三つ目。
カチッ。
すると、装置の中心が淡く光った。
「お?」
金属の板が一斉に動き始める。
ゆっくり、ゆっくりと回転し、やがて風の吹く方向に合わせてぴたりと止まった。
その瞬間、丘の上を強い風が吹き抜けた。
「わわっ!」
白雪の長い髪が大きく揺れる。
風に押されて、足元の草が一斉に傾いた。
そして、装置の根元にあった小さな蓋が開いた。
「開いた!」
中には、薄い金属片が数枚と、小さな青い石が入っていた。
《入手しました:風向板の欠片》
《入手しました:風見石》
「風見石……なんだかそれっぽい名前!」
白雪は手に取った石を光にかざしてみた。
内部に細い線が走っている。風が吹くたび、その線が淡く光った。
「きれいだね」
しばらく眺めてから、インベントリにしまう。
すると、丘の斜面に生えていた白い穂が一斉に揺れた。
さらさら、さらさら。
風が吹く方向に合わせて、穂の先が同じ向きに傾いている。
白雪は少し不思議に思い、斜面を見回した。
「あれ?」
丘の反対側には、草がほとんど生えていない場所があった。
そこだけ地面が露出していて、細い溝が何本も走っている。
近づいてみると、溝は頂上の装置から伸びているようだった。
「ここにも何かあるのかな?」
白雪は溝に沿って歩いてみる。
途中で溝は三方向に分かれ、それぞれ別の岩へと続いていた。
一つ目の岩には丸い穴。
二つ目には細長い切れ込み。
三つ目には小さな窪みがある。
「うーん……」
白雪はしばらく眺めていたが、仕掛けの意味は分からなかった。
とりあえず、一つ目の岩に触れてみる。
何も起きない。
二つ目も同じ。
三つ目も変化はない。
「動かないねぇ」
少し考えてから、白雪は頂上へ戻った。
装置の板は、まだ風に合わせてゆっくり回っている。
白雪はその動きをしばらく眺めた。
右へ回り、少し止まり、また左へ。
「……あっ!」
何かに気づいたように、白雪は斜面の岩を見た。
「風が吹く方向で動くのかな?」
試しに、風が吹いてくる方角を確認してから、もう一度斜面へ下りる。
今度は三つの岩を順番に触るのではなく、風が吹いてくる側から順に触れてみた。
一つ目。
カチッ。
二つ目。
カチッ。
三つ目。
カチッ。
すると、地面の溝に沿って淡い光が走った。
三つの岩が同時に光り、丘の中央に小さな風が巻き起こる。
「わっ、成功?」
地面が少しだけ動き、岩の間から小さな箱が現れた。
白雪はすぐに箱を開ける。
《入手しました:風紋の小片》
《入手しました:草風の種》
「おお! また素材!」
中身を確認していると、イベントポイントの獲得通知が表示された。
白雪はそれをちらりと見ただけで、すぐに丘の周囲へ目を向けた。
「まだ何かあるかな?」
そのとき、丘の下から風に乗って白い粒がいくつも舞い上がってきた。
白雪は両手を広げて、ふわふわと飛んでくる粒を追いかけた。
「待って待って!」
一つは髪にくっつき、もう一つは肩に乗る。
白雪はそれを指でつまんで、楽しそうに笑った。
丘の上では、風向計が静かに回り続けていた。
◇
黒羽は、根脈の薄晶を手に入れた部屋のさらに奥へ進んでいた。
通路は少しずつ下り坂になっている。
壁に張り巡らされた根は、先ほどよりも太くなっていた。
「かなり奥まで続いているわね」
黒羽は足を止め、周囲を確認する。
通路の先には、広い空間が見えていた。
慎重に近づくと、そこは天井の高い円形の部屋だった。
中央には大きな樹木の根が垂れ下がり、その根元には浅い水たまりが広がっている。
水面には緑色の光が反射していた。
「水場……?」
黒羽は水たまりに近づく前に、周囲を一周した。
壁には細い溝がいくつもあり、床には小さな石が規則的に並んでいる。
そして、部屋の奥には四角い石板が立っていた。
石板には、根の模様と三つの丸い印が刻まれている。
「また仕掛けね」
黒羽は石板を観察した。
三つの丸い印には、それぞれ異なる線が伸びている。
一つ目は水たまりへ。
二つ目は天井から垂れる根へ。
三つ目は部屋の入口へ。
「水と根と……入口?」
黒羽はまず、水たまりを調べることにした。
水面に手を近づけると、小さな波紋が広がる。
底には丸い石がいくつも沈んでいた。
その中に一つだけ、緑色の石がある。
黒羽はそれを拾い上げた。
《入手しました:根水石》
石を手に取った瞬間、石板の一つ目の印が淡く光った。
「これが対応しているのね」
黒羽は根水石を石板の近くへ持っていく。
すると、石板の表面に細い光が走った。
しかし、それ以上の変化はない。
「残り二つも必要か」
黒羽は天井から垂れている根を見上げた。
根の先には、小さな結晶がぶら下がっている。
ただし、普通に手を伸ばしても届かない高さだった。
黒羽は周囲の壁を確認する。
少し離れた場所に、足を掛けられそうな出っ張りがあった。
そこを利用して壁を登り、結晶の近くまで移動する。
短剣を使って根を傷つけないように、結晶だけを慎重に取り外した。
《入手しました:根露の結晶》
二つ目の印が光る。
残るは三つ目。
入口の方へ戻り、床を確認すると、小さな石が三つ並んでいる場所があった。
そのうち一つだけ、表面に細い線が刻まれている。
黒羽が指で押すと、床の一部がわずかに沈んだ。
「これね」
石を押し込むと、三つ目の印が光った。
三つの印がそろった瞬間、中央の大きな根がゆっくりと動き始めた。
水たまりの水面に波紋が広がり、根の間から小さな光が浮かび上がる。
《入手しました:根脈の雫》
黒羽はそれを手に取った。
「これで一つの仕掛けは解けたみたいね」
部屋の奥にあった壁が、わずかに開いている。
ただし、その先は暗く、何があるのかまでは見えなかった。
黒羽は一度立ち止まった。
ここまでの探索で、戦闘も仕掛けもかなり続いている。
回復薬の残量を確認し、装備の状態も確かめる。
「もう少しだけ進んで、危なそうなら戻ろう」
そう決めて、黒羽は暗い通路へ入っていった。
◇
ユウマは滝の裏側にある通路を進んでいた。
壁には大きな爪痕が残っている。
床にも、何か重いものを引きずったような跡が続いていた。
「この傷……さっきの水晶水亀とは違うな」
ユウマは剣を構えたまま、足音を立てないように進んだ。
やがて通路の先に、小さな広間が現れる。
そこには、白い石でできた柱が何本も並んでいた。
柱の表面には水の流れを思わせる模様が刻まれている。
中央には大きな岩が一つ。
その岩の上に、何かが丸くなっていた。
ユウマは距離を取って様子を見る。
灰色の体に、白い甲殻。
背中には水晶のような突起が並び、長い尾が床に垂れている。
《白晶の岩蜥蜴》
「……また硬そうなのがいるな」
岩蜥蜴はまだ眠っているようだった。
ユウマは周囲を見回し、先に広間の構造を確認する。
柱は全部で六本。
そのうち二本には、爪で削ったような跡がある。
床には水が流れた跡があり、岩蜥蜴の近くに小さな水たまりができていた。
「水場を利用できるか……」
ユウマが一歩近づいた瞬間、岩蜥蜴の尾が動いた。
ガリッ。
床を削る音。
次の瞬間、岩蜥蜴が頭を上げた。
「起きたか!」
岩蜥蜴の目が赤く光る。
ユウマはすぐに距離を取った。
岩蜥蜴は低い姿勢になり、床を蹴る。
突進。
ユウマは横へ飛び退いた。
岩蜥蜴の体が柱にぶつかり、鈍い音が響く。
「柱にぶつかるのか」
岩蜥蜴はすぐに体勢を立て直した。
今度は尾を大きく振り回す。
ユウマは剣で受け流そうとしたが、衝撃で腕がしびれた。
「重い……!」
正面から受け止めるのは危険だ。
ユウマは柱の間を移動しながら、相手の動きを観察する。
岩蜥蜴は突進するたびに、柱へ体をぶつけていた。
そのたびに背中の水晶がわずかに揺れる。
「背中の結晶が弱点か?」
しかし、背中は甲殻に覆われていて、簡単には狙えそうにない。
ユウマは攻撃を避けながら、もう一度水たまりに目を向けた。
岩蜥蜴が突進してくる。
ユウマは直前で横へ避け、岩蜥蜴を水たまりの近くへ誘導した。
岩蜥蜴の足が水に入る。
その瞬間、体勢がわずかに崩れた。
「今だ!」
ユウマは踏み込み、腹部へ剣を振るう。
しかし、岩蜥蜴は尾を振って反撃してきた。
ユウマは後ろへ跳び、攻撃を避ける。
「まだ倒せないか……!」
岩蜥蜴は再び体を低くした。
ユウマは剣を握り直し、次の突進に備える。
この広間での戦闘は、まだ始まったばかりだった。
◇
丘の上を離れた白雪は、草原の斜面を下っていた。
髪についていた白い粒は、歩いているうちにほとんど落ちてしまった。
「いっぱい飛んでたなぁ」
ふと、丘の向こうに小さな影が見えた。
白い粒が集まっている場所だ。
近づいてみると、そこには背の低い草が円を描くように生えていた。
中央には、小さな石のくぼみがある。
「何だろう?」
白雪はしゃがみ込んだ。
くぼみの中には、白い粒がたくさん集まっている。
風が吹くと、粒がふわりと浮き上がり、草の間をくるくると回った。
「わあ、いっぱい!」
白雪は手を伸ばしてみた。
粒は指先に触れると、すぐに離れていく。
まるで、手のひらから逃げているみたいだった。
「つかまえられない!」
何度か追いかけていると、粒の一つが白雪の手の甲にくっついた。
「おっ!」
指で触れる。
ふわり。
粒は手の甲から浮かび上がり、白雪の周囲を一周した。
《スキル《風流観察》の熟練度が上昇しました》
「おお?」
白雪は周囲を見回した。
風の流れが、いつもより少しだけ分かりやすくなった気がする。
草の揺れ方や、粒が飛んでいく方向。
目で追っているだけでも、風がどちらから吹いているのか何となく分かる。
「面白いね!」
白雪はもう一度、白い粒を追いかけた。
しかし、今度は粒が一斉に舞い上がり、丘の反対側へ流れていってしまう。
「あっ、待ってー!」
白雪は慌てて立ち上がった。
その先には、まだ見たことのない草地が広がっている。
彼女は迷うことなく、そちらへ向かって走り出した。
イベントの二日目は、まだ続いている。
草原には、まだ知らない場所がいくつも残されていた。




