第108話 水辺の小さな追いかけっこ
「どこに行ったんだろ?」
白雪は草むらの前でしゃがみ込んでいた。
さっき見かけた白い小動物は、ほんの一瞬だけ姿を見せたあと、草むらの奥へ逃げてしまった。
白い体に水色の模様。丸い耳と長い尻尾。
あの見た目は、どう考えてもかわいい。
「もう一回会いたいなぁ」
白雪は草むらをかき分けて、そっと奥を覗いた。
そこには細い水路があった。
水路といっても、川と呼ぶには小さすぎる。草の間を縫うように水が流れ、ところどころに小さな水たまりができている。
水面には丸い葉が浮かび、岸辺には白い小石が並んでいた。
「こんなところにも水があるんだ」
白雪は水路に沿って歩き始める。
すると、少し先の石の上に、白いものがちょこんと乗っていた。
「あっ!」
先ほどの小動物だ。
今度は逃げる様子もなく、こちらをじっと見ている。
白雪は驚かせないように、ゆっくりとしゃがんだ。
「こんにちはー」
小動物は耳をぴくりと動かした。
「さっきの子だよね?」
当然返事はない。
白雪が手を伸ばすと、小動物は石の上からぴょんと飛び降りた。
「あっ、待って!」
水路の向こう側へ跳び移る。
白雪も追いかけようとしたが、足元には水が流れていた。
「うーん……」
橋になるような石は見当たらない。
白雪は少し考えたあと、川幅の狭い場所を探した。
そして、近くにあった平たい石を見つける。
「これなら渡れるかな?」
石に足を乗せる。
ぐらり。
「わっ!」
慌てて両手を広げ、バランスを取った。
水面に落ちることはなかったが、石は少し傾いていた。
「危ない危ない……」
白雪は慎重にもう一歩進む。
今度は水路を飛び越えた。
《スキル《水辺歩行》の熟練度が上昇しました》
「お?」
通知を確認してから、白雪は向こう岸を見た。
小動物は少し離れた場所にいる。
「待ってー!」
白雪が近づくと、小動物はまた跳ねた。
今度は水路の横にある岩の上。
白雪も岩に飛び乗る。
小動物はさらに先へ。
「ふふっ。追いかけっこだね!」
追いかける側と逃げる側。
ただそれだけなのに、白雪は楽しそうだった。
何度か追いかけているうちに、小動物は大きな岩の陰へ隠れた。
白雪がそっと回り込むと、そこには小さな水たまりがあった。
水たまりの中央には、青白い花が一輪咲いている。
花びらは水面に浮かぶように広がり、中央には透明な雫が乗っていた。
「わぁ……きれい」
白雪が近づくと、小動物は花のそばで丸くなった。
どうやら、ここが休憩場所らしい。
「ここがおうちなのかな?」
小動物は白雪を警戒するように見ていたが、すぐに水を飲み始めた。
白雪は少し離れたところに座り、しばらく眺めることにした。
その間に、水たまりの周囲を観察する。
花の根元には小さな青い実がいくつか落ちていた。
「実がある」
白雪は一つ拾い上げる。
丸くて、表面はつるつるしている。指で軽く押すと、少しだけ弾力があった。
「これ、食べられるのかな?」
しばらく眺めてから、白雪は小さくかじった。
「ん……すっぱい!」
思ったよりも酸味が強い。
口の中に爽やかな香りが広がり、少しだけ舌が冷たく感じる。
「おいしい……かも?」
《味覚》の熟練度が上昇しました。
白雪は残りを食べず、インベントリから水を取り出して一口飲んだ。
「すっぱいのは好きだけど、これはちょっと強いね」
そのとき、目の前に小さな表示が現れた。
《状態変化:清涼》
身体の周囲に、淡い青色の光が一瞬だけ浮かぶ。
「おお?」
身体が少し軽くなったような気がする。
けれど、今までのように大きな変化はない。
「これ、どんな効果なんだろ?」
白雪は少しだけ走ってみた。
特に速くなった感じはしない。
跳んでみる。
こちらも普段と変わらない。
「うーん……涼しい?」
どうやら、身体の熱を落ち着かせるような軽い状態変化らしい。
白雪はそれ以上試すのをやめ、花の周囲を眺めた。
すると、花の根元に小さな貝殻が埋まっているのを見つけた。
「貝殻?」
指先で土を払う。
《入手しました:清水貝》
「貝もあるんだ!」
さらに水たまりの縁には、薄い青色の石がいくつか転がっていた。
白雪はそのうち一つを拾う。
《入手しました:水縁石》
「これも素材だね」
必要な分だけ拾い、残りはそのままにする。
その間、小動物はずっと花のそばにいた。
白雪が立ち上がると、今度は逃げずにこちらを見上げた。
「もう行くね。またね!」
白雪が手を振ると、小動物は尻尾を一度だけ揺らした。
「ばいばーい!」
白雪は満足そうにその場を離れた。
イベントポイントが加算されたという通知が出たが、彼女は特に気にしていない。
それよりも、次に何が見つかるのかが気になっていた。
◇
黒羽は、根絡みの番人が守っていた扉の先へ進んでいた。
通路は細く、両側の壁には太い根が張り巡らされている。
ところどころに小さな結晶が埋まっており、淡い緑色の光を放っていた。
「ここも根が多いわね……」
黒羽は足元を確認しながら進む。
通路の先には、小さな円形の部屋があった。
中央には石の台座。
その周囲には、四本の根が床から伸びている。
台座の上には、薄い板状の結晶が置かれていた。
黒羽は近づく前に、部屋全体を確認する。
床に不自然な溝はない。
天井にも仕掛けらしいものは見当たらない。
ただ、四本の根だけが、台座に向かって伸びていた。
「……これを動かすのかな」
黒羽は台座の周囲を歩いた。
根はそれぞれ異なる方向へ伸びている。
一本目は壁の小さな穴へ。
二本目は床の溝へ。
三本目は台座の裏へ。
四本目だけは、途中で途切れていた。
「一本だけ切れてる?」
よく見ると、切れた根の先には小さな穴がある。
黒羽はインベントリを開き、先ほど入手した古根の繊維を取り出した。
「これで繋げられるかしら」
根の切れた部分に繊維を近づける。
すると、繊維が淡く光り、根の断面へ吸い込まれていった。
四本目の根がゆっくりと伸び、台座へと繋がる。
その瞬間、部屋の壁に緑色の光が走った。
台座の上の結晶が浮かび上がる。
《入手しました:根脈の薄晶》
「これは……」
黒羽は結晶を手に取った。
すると、部屋の奥にあった壁が音を立てて動き始めた。
壁の一部が横へずれ、その向こうに小さな空間が現れる。
そこには古びた箱が一つ置かれていた。
黒羽は周囲に罠がないことを確認してから、箱を開ける。
《入手しました:古樹の小片》
《入手しました:根脈の欠片》
「また素材ね」
それでも、探索の成果としては十分だった。
黒羽は入手したアイテムをしまい、部屋の奥を確認する。
壁の向こうには、さらに通路が続いていた。
「まだ先があるのね」
黒羽は短剣を構え直した。
ここまで来たのだから、もう少しだけ進んでみることにする。
◇
ユウマは、白晶の水トカゲがいた洞窟の奥へ進んでいた。
水路は少しずつ広くなり、天井から落ちる水滴の音が大きくなっていく。
やがて、視界が開けた。
「広いな……」
そこには大きな地下水場があった。
水面は静かで、ところどころに白い鉱石が突き出している。
奥の壁には細い滝が流れ落ちていた。
その手前に、何かが浮かんでいる。
ユウマは目を細めた。
「……魚?」
水面に浮かぶのは、透明な身体を持つ魚のような生き物だった。
身体の中央に小さな青い結晶があり、尾びれを動かすたびに水面へ波紋が広がる。
《水晶尾魚》
敵意はなさそうだった。
ユウマが近づいても逃げず、ゆっくりと泳いでいる。
「攻撃してくるタイプじゃないのか?」
少し距離を保って観察していると、水晶尾魚は滝の近くへ移動した。
そして、水面から跳ね上がる。
キラッ。
身体の結晶が光り、周囲に小さな水の粒が散った。
「おお……」
その光景は、思わず見入ってしまうほど綺麗だった。
ユウマが水辺へ近づくと、水晶尾魚は再び跳ねた。
今度は二匹。
さらに、奥の水面からもう一匹が姿を見せる。
「何匹もいるのか」
ユウマは剣を下ろした。
どうやら、今すぐ戦う必要はなさそうだ。
水場の周囲には小さな白い貝があり、岩の隙間には透明な石が挟まっていた。
「採取できそうだな」
《入手しました:水晶尾魚の鱗》
《入手しました:水晶の水粒》
「鱗が落ちてるのか」
水晶尾魚そのものを捕まえることはできなかったが、周囲に落ちていた鱗と水粒を拾うことができた。
さらに水場の端には、白い鉱石が埋まっている。
ユウマは採掘を試してみた。
数回叩くと、鉱石の一部が崩れ落ちる。
《入手しました:白晶鉱》
「これは使えそうだ」
素材をしまい、ユウマは滝の方へ視線を向けた。
滝の裏側には、わずかに隙間があるように見える。
水の流れに隠れて、奥が見えない。
「……あそこか」
ユウマは水深を確かめ、慎重に進んだ。
滝の裏へ回り込むと、そこには人が一人通れるほどの空間があった。
壁には古い文字のような模様が刻まれている。
ユウマは剣を構えたまま、奥を覗き込んだ。
何かがいる気配はない。
しかし、床には大きな爪痕のような傷が残っていた。
「魔物がいる可能性もあるな」
ユウマは一度立ち止まり、回復薬の残量を確認した。
まだ余裕はある。
それを確かめてから、ゆっくりと奥へ進んでいった。
◇
草原では、白雪が再び歩いていた。
「水辺、楽しかったなぁ」
さっきの白い小動物のことを思い出す。
もう一度会いたい気もするが、今は別のものが気になっていた。
少し先に、風で揺れる背の高い草が見える。
その草は周囲の草よりも細く、先端に小さな白い穂がついていた。
風が吹くと、穂が一斉に揺れる。
さらさら、さらさら。
「音がする」
白雪は近づいてみた。
草の間を歩くと、穂同士が触れ合い、優しい音が鳴る。
「これも面白いね」
一本だけ摘み取ってみる。
すると、穂から小さな白い粒が落ちた。
「わっ」
白雪は慌てて手を広げる。
粒は風に乗り、ふわりと舞い上がった。
「飛んでっちゃった!」
追いかけようとしたが、粒は草原の向こうへ流れていく。
白雪はその場でしばらく見送った。
「……あっちに行けば、何かあるかな?」
そう思った瞬間には、もう歩き出していた。
白い粒が流れていった先には、草が少しだけ倒れている場所がある。
その向こうに見えるのは、小さな丘。
丘の上には、風を受けてゆっくり回る何かがあった。
「風車?」
白雪は目を輝かせる。
今度は何が見つかるのだろう。
イベントの二日目は、まだ終わらない。
そして白雪の探索も、まだまだ続いていく。




