第103話 ふわふわモモンと隠れた小道
「よいしょ、っと」
白雪は岩の隙間に体を滑り込ませた。
先を進むのは、白くて丸い小さな生き物。
《風綿モモン》だ。
モモンは狭い通路を慣れた様子で進み、ときどき立ち止まっては白雪を振り返る。
「待ってー。そんなに急がなくても大丈夫だよ」
ぴょこん。
モモンは返事をするように跳ねた。
「ふふっ」
白雪はその後を追う。
通路は少しずつ下へ向かっていた。
壁には細かな白い綿毛が張りついていて、風が吹くたびにふわふわと揺れている。
「ここ、綿毛がいっぱいだね」
白雪は壁にくっついていた綿毛を指でつついた。
ふわり。
綿毛は簡単に剥がれ、風に乗って通路の奥へ流れていく。
その様子を見て、モモンがぴょんと跳ねた。
「もしかして、これが好きなの?」
白雪は綿毛をひとつ拾い、モモンの前に差し出した。
モモンは鼻先を近づける。
くんくん。
そして、前足で受け取った。
「ふふっ。どうぞ」
モモンは綿毛を抱えたまま、また奥へ進んでいった。
通路の先には、小さな空間が広がっていた。
天井は低く、壁の一部には青白い鉱石が埋まっている。
床には柔らかな白い草が生えており、中央には丸い石がいくつも並んでいた。
「わあ……ここもきれい!」
白雪はゆっくりと中へ入った。
足元の草は、踏むとふわりと沈む。
まるで柔らかい絨毯のようだった。
「気持ちいい!」
白雪はその場で軽く跳ねてみた。
ぽふっ。
足が沈み、すぐに押し戻される。
「おおっ!」
もう一度跳ねる。
ぽふっ、ぽふっ。
「これ、楽しい!」
何度か跳ねていると、モモンも近くでぴょこぴょこと跳ね始めた。
二匹ではなく、一人と一匹。
白雪はモモンの動きを真似して、左右に跳んでみる。
モモンも負けじと跳ねる。
「ふふっ。競争?」
もちろん、モモンはそんなつもりではないだろう。
それでも白雪は楽しそうだった。
しばらく遊んだあと、白雪は中央に並んだ丸い石へ近づいた。
石の表面には、小さな穴がいくつも開いている。
「これ、さっきの風の穴に似てるね」
石をひとつ持ち上げてみる。
思ったより軽い。
裏側には白い綿毛がびっしりとついていた。
「わっ、すごい!」
石を元に戻すと、穴から風が吹き出した。
ひゅうう……。
その風に乗って、床の綿毛が一斉に舞い上がる。
「わああ!」
白雪は両手を広げた。
綿毛は空間の中をゆっくりと回り、天井近くまで浮かんでいく。
モモンも風に乗るように、ふわりと体を浮かせた。
「えっ、飛んでる!」
白雪は目を輝かせた。
モモンは少しだけ空中を漂い、やがて草の上に着地した。
「すごいね!」
白雪も跳び上がってみる。
けれど、モモンのようには浮かばない。
「うーん、難しいなあ」
白雪は何度か試してみた。
跳ぶタイミングを変えたり、風が吹く方向へ体を向けたり。
すると、ふわりと体が持ち上がった。
「おおっ!」
ほんの一瞬だけ、空中に留まる。
そのまま風に流され、横へ少し移動した。
ぽすん。
白雪は柔らかな草の上に着地した。
「今の、ちょっと飛べた!」
そのとき、視界に通知が表示された。
《落下制御》の熟練度が上昇しました。
「おっ!」
白雪は通知を確認して、もう一度跳んだ。
今度は風が弱く、普通に着地する。
「毎回できるわけじゃないんだね」
それでも十分楽しかった。
モモンは、空間の奥にある小さな岩棚へ向かっていた。
その下には、白い綿毛が山のように積もっている。
モモンはその中へ潜り込んだ。
もぞもぞ。
しばらくすると、顔だけを出して白雪を見た。
「そこがお気に入りなの?」
白雪が近づくと、モモンは綿毛の中から小さな木の実を取り出した。
そして、白雪の足元へ転がす。
ころん。
「またくれるの?」
白雪は木の実を拾った。
《風綿の実》
表面には白い筋が入っている。
「ありがとう!」
白雪はモモンに手を振った。
すると、モモンは綿毛の中へ戻ってしまった。
「……寝ちゃった?」
白雪は少しだけ覗き込んだ。
モモンは目を閉じて、丸くなっている。
「ふふっ。おやすみ」
白雪は起こさないように、そっと離れた。
その近くには、白い草が何本も生えていた。
《風綿草》
さらに、岩棚の横には青白い小石が落ちている。
《風綿石》
白雪はそれぞれ少しずつ採取した。
そして、手に残った《風綿の実》を見つめる。
「これも食べられるかな?」
鼻を近づける。
甘い香りがした。
「……食べてみよう」
小さくかじる。
ぽりっ。
「んー!」
優しい甘さのあとに、ふわっとした香りが鼻へ抜けた。
「おいしい!」
その直後、体の周りに白い綿毛が集まってきた。
「わっ、また?」
綿毛は白雪の腕や髪にくっつき、ゆっくりと揺れている。
状態変化:《風綿》
「また風綿になった!」
白雪は自分の腕を見た。
先ほどと同じ状態変化らしい。
特に困ったことはない。
むしろ、綿毛がまとわりつく感覚が少しくすぐったかった。
「ふふっ。くすぐったい」
白雪が腕を振ると、綿毛がふわりと舞い上がる。
そのとき、視界に通知が表示された。
《味覚》の熟練度が上昇しました。
「やった!」
白雪は残りの実をアイテム欄へしまった。
空間を一周してみると、壁の一部に細い亀裂があることに気づいた。
「ん?」
白雪は近づいて覗き込む。
亀裂の向こうから、かすかに風が吹いている。
その風には、綿毛が混じっていた。
「また道かな?」
白雪は亀裂の周囲を触ってみた。
岩の表面に、小さな突起がある。
押してみる。
ぐっ。
何も起こらない。
今度は、少し横にある突起を押す。
かちっ。
壁の奥から小さな音がした。
「おっ?」
白雪はもう一度、最初の突起を押す。
かちっ。
すると、岩の一部が少しだけ動いた。
ごごご……。
壁がゆっくりと横へずれていく。
その向こうには、細い通路が現れた。
「おおお!」
白雪は目を輝かせた。
「やっぱり道だった!」
通路の先から、風が吹いてくる。
白い綿毛がひとつ、ふたつと流れてきた。
白雪は通路の中を覗き込む。
奥には、青白い光が見える。
「何があるんだろう?」
白雪は一歩踏み出した。
そのとき、視界にイベント通知が表示された。
未発見の小規模空間を発見しました。
イベントポイントを獲得しました。
「おおっ、またポイント!」
白雪は嬉しそうに笑った。
そして、通路の奥へ進んでいった。
一方、黒羽は根に覆われた部屋の奥にいた。
《根脈の結晶》を手に入れたあと、さらに奥へ進んだ先で、小さな広間にたどり着いていた。
広間の壁には、複数の根が複雑に絡み合っている。
その中央には、青緑色の石板が埋め込まれていた。
「……また仕掛けね」
黒羽は周囲を確認した。
石板には、三つのくぼみがある。
手元にある《根脈の結晶》が、微かに光った。
「これを使うのかしら」
黒羽は結晶を石板の中央へ近づけた。
すると、三つのくぼみが順番に光り始める。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
だが、最後の光だけが点滅を繰り返していた。
「順番が違う……?」
黒羽は石板の周囲を調べた。
壁に絡みついた根の一部に、細かな傷がついている。
よく見ると、傷は三つのくぼみと同じ位置に並んでいた。
「なるほど。根の傷がヒントなのね」
黒羽は石板の前にしゃがみ込んだ。
慎重に順番を考え、結晶を動かす。
そして、最後のくぼみに結晶を置いた。
かちり。
石板が淡く光り、壁の根がゆっくりとほどけていった。
その先には、さらに奥へ続く通路が現れた。
「……まだ先があるのね」
黒羽は短剣を構え直す。
探索は、まだ終わらない。
ユウマは《水晶水亀》の攻撃を避け続けていた。
水晶水亀の首元が光る。
「来る!」
ユウマは横へ跳んだ。
次の瞬間、前方の水面が盛り上がり、鋭い水流が一直線に走る。
ユウマはその軌道を見切り、岩の陰へ滑り込んだ。
水流が岩にぶつかり、周囲に水しぶきが散る。
「やっぱり、光ってから攻撃するまでに少し間がある」
ユウマは亀の動きを観察した。
水晶水亀は首を伸ばし、周囲の水を集め始める。
今度は正面ではなく、左右に水が集まっていた。
「横にも撃てるのか……!」
ユウマはすぐに距離を取る。
水流が左右へ広がり、逃げ道を塞ぐように走った。
しかし、その瞬間。
亀の首元が露出した。
「そこだ!」
ユウマは水流の切れ目を見つけ、岩を蹴って飛び出した。
剣を振り下ろす。
ガキン!
首元の水晶に刃が当たった。
水晶の表面に、小さなひびが入る。
「よし!」
水晶水亀が大きく体を揺らす。
ユウマはすぐに距離を取った。
次の攻撃に備えて剣を構える。
まだ倒すには時間がかかりそうだった。
そして白雪は。
「わあ……!」
通路の先に広がっていたのは、小さな洞窟だった。
天井には青白い石がいくつも埋まっていて、地面には白い砂が積もっている。
洞窟の中央には、風が吹き抜ける細長い穴があった。
その穴の周囲には、白い綿毛が集まっている。
「ここも風が通ってるんだね」
白雪は穴の近くへ歩いていった。
ひゅうう……。
風が吹き上がる。
白い綿毛が舞い上がり、洞窟の中をくるくると回る。
その中に、青く光る小さな粒が混じっていた。
「あれ?」
白雪は手を伸ばした。
粒は風に流され、白雪の指先をすり抜ける。
「待って!」
白雪は追いかけた。
粒は洞窟の奥へ飛んでいく。
そして、壁に開いた小さな穴の中へ吸い込まれていった。
「あっ、入っちゃった」
白雪は穴の前にしゃがみ込む。
奥からは、風の音が聞こえる。
そして、さらに奥から。
ころん。
小さな何かが転がる音がした。
白雪は目を輝かせた。
「……まだ何かある!」
彼女は穴の中を覗き込む。
イベント2日目は、まだ終わらない。
白雪の寄り道も、まだまだ続きそうだった。




