第102話 風に揺れる草原の秘密
「さて、次はどこに行こうかな」
白雪は草原の真ん中で、くるりと周囲を見回した。
さっきまで遊んでいた《風鳴り鳥》は、もう遠くへ飛んでいってしまった。
白い羽根が一枚、草の上に落ちている。
「……あっ」
白雪はそれを拾い上げた。
《風鳴り鳥の羽根》
「また落としていったんだ」
アイテム欄にしまい、空を見上げる。
雲はゆっくりと流れ、草原には心地よい風が吹いていた。
「いい天気だねえ」
特に目的はない。
イベントポイントを稼ごうとも思っていない。
ただ、歩いていると何か見つかる。
それが楽しい。
白雪は草原の緩やかな坂を下り始めた。
しばらく歩いていると、足元の草が妙な動きをしていることに気づいた。
風が吹いているのに、一部分だけ草が逆方向へ揺れている。
「……ん?」
白雪は立ち止まった。
右側の草は左へ。
左側の草は右へ。
まるで、見えない何かが草の間を通り抜けているようだった。
「風がぶつかってるのかな?」
しゃがみ込んで、草の動きを眺める。
すると、草の根元に小さな白い粒が見えた。
「これ、なんだろう?」
指でつまんでみる。
小さな綿毛のような粒だった。
《風綿の種》
「種だ!」
白雪は周囲を探してみた。
同じような粒が、草の間にいくつも落ちている。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
拾っているうちに、白雪は少し離れた場所に、妙に丸い草の塊を見つけた。
「……あれ?」
草が丸くまとまっている。
近づいてみると、草の中央には小さな穴が開いていた。
穴から、ふわりと白い綿毛が飛び出す。
「わっ!」
白雪は思わず手を伸ばした。
綿毛は風に乗って、ふわふわと上へ舞い上がる。
そして、少し離れた場所へ落ちた。
「また飛んでいっちゃった」
白雪は綿毛が落ちた場所へ向かう。
そこには、白い草が何本も生えていた。
《風綿草》
「前にも見た草だ!」
白雪は一本だけ採取した。
そのとき、草の根元がもぞりと動く。
「ん?」
白雪が顔を近づけると、小さな生き物が飛び出してきた。
白くて丸い体。
短い耳。
ふわふわした尻尾。
「……あっ!」
白雪は目を輝かせた。
《風綿モモン》だった。
以前にも見かけたことのある、小さな生き物だ。
モモンは白雪の顔を見上げると、ぴょこんと跳ねた。
「こんにちは!」
もう一度、ぴょこん。
「ふふっ。元気だね」
モモンは白雪の周囲を走り回り、やがて白い草の塊へ戻っていった。
その途中、何かをくわえている。
小さな木の実だった。
モモンはそれを草の上に置き、白雪を見上げる。
「くれるの?」
モモンは耳をぴくりと動かした。
白雪は木の実を拾う。
《風綿木の実》
「ありがとう!」
モモンは満足したように、草の塊の中へ戻っていった。
白雪は木の実を眺める。
小さくて、丸くて、表面に白い模様がある。
「これも食べられるのかな?」
そう思ったが、先ほどの実とは違う香りがする。
白雪は鼻を近づけた。
ほんのり甘い香り。
「……おいしそう」
小さくかじる。
ぽりっ。
「んー!」
口の中に広がるのは、優しい甘さ。
噛んでいると、ほんの少しだけ香ばしさも感じられた。
「おいしい!」
《味覚》の熟練度が上昇しました。
「やった!」
白雪は残りも食べてしまった。
その直後、体の周囲を風がくるりと回る。
白い草の綿毛が、白雪の周りに集まってきた。
「わっ、なにこれ?」
綿毛は白雪の髪や肩にくっつき、ふわふわと揺れている。
まるで小さな雪が降っているようだった。
「きれい!」
白雪はその場でくるりと回った。
綿毛も一緒に舞い上がる。
そのとき、視界に通知が表示された。
《風綿木の実》を摂取しました。
状態変化:《風綿》
「風綿?」
白雪は自分の腕を見た。
特に痛みもない。
体が軽くなったような気もするが、先ほどの《微風》ほどはっきりした変化ではなかった。
「なんだろうね?」
白雪は首を傾げた。
そして、綿毛を一つつまんでみる。
ふわふわ。
「柔らかい!」
しばらく触って遊んでいたが、綿毛は風に乗って飛んでいった。
「ばいばーい」
白雪は手を振った。
その頃、黒羽は根に覆われた通路の奥にいた。
壁に差し込んだ板の紋様が、淡く光っている。
三つの穴の奥にある光は、それぞれ強さが違っていた。
「……やっぱり、順番があるわね」
黒羽は壁の周囲を調べていた。
穴の下には、小さな刻印がある。
一つ目は葉。
二つ目は水。
三つ目は星。
「この紋様に対応しているのかしら」
黒羽は先ほど見つけた板を確認する。
そこにも、同じ三つの紋様が刻まれていた。
ただし、並び順は壁の穴とは異なっている。
「なるほど……」
黒羽は板を回転させ、紋様の向きを壁の刻印に合わせた。
かちり。
小さな音が響く。
続いて、三つの穴の奥の光が順番に点灯した。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
そして、壁を覆っていた根がゆっくりと左右に開き始めた。
「開いた……!」
黒羽は短剣を構え、慎重に奥を覗き込む。
その先には、小さな部屋があった。
中央には、古びた石の台座。
その上には、青緑色の結晶が置かれている。
黒羽が近づくと、結晶の表面に文字が浮かび上がった。
《根脈の結晶》
「これが報酬……?」
結晶を手に取ると、周囲の根が一斉に光った。
そして、部屋の奥に新たな通路が現れる。
「まだ続くのね」
黒羽は小さく息を吐いた。
「本当に長い探索になりそう」
そう言いながらも、表情には少しだけ楽しそうな色が浮かんでいた。
ユウマは《水晶水亀》との戦闘を続けていた。
水晶水亀は大きな甲羅を揺らしながら、ゆっくりと前進してくる。
その動きは遅い。
だが、甲羅を使った防御と水を操る攻撃は厄介だった。
「正面からは無理か……」
ユウマは亀の横へ回り込む。
水晶水亀が前脚を振り下ろす。
水が弾け、地面を覆う。
ユウマは跳び上がり、濡れた岩を踏んで距離を取った。
そのとき、亀の首元にある水晶が一瞬だけ光る。
「そこか!」
ユウマは踏み込んだ。
短い斬撃を首元へ叩き込む。
しかし、水晶水亀は首を引っ込め、硬い甲羅で攻撃を受け止めた。
「ちっ!」
反撃の水流が迫る。
ユウマは横へ跳び、岩陰へ滑り込んだ。
「攻撃の前に光る……」
亀の首元の水晶が、再び淡く光っている。
ユウマは剣を握り直した。
次の攻撃を見極めるため、距離を保ちながら動き始めた。
一方、白雪は。
「んー……」
草原の上で、風綿モモンが入っていった草の塊を眺めていた。
草の塊の周囲には、白い綿毛がたくさん集まっている。
その一つが、風に乗って白雪の目の前を通り過ぎた。
「また飛んでる」
白雪は綿毛を追いかける。
綿毛は少し先の石の上に落ちた。
そこには、小さな青い石が埋まっていた。
「石?」
白雪が近づくと、石の周囲に白い草が生えている。
その草は風に揺れるたび、石の表面を撫でるように動いていた。
「なんだか、石を磨いてるみたい」
白雪は石の周りの草を少しだけかき分けた。
すると、石の下に小さな穴があることに気づいた。
穴の中から、かすかに風が吹いている。
「また穴だ!」
白雪はしゃがみ込んだ。
穴の奥には、青白い光が見える。
そして、その光の向こうから。
ころん。
小さな何かが転がる音がした。
「……何かあるのかな?」
白雪は周囲を見回す。
穴は狭いが、少し横にある岩の隙間なら通れそうだ。
「よし!」
白雪はその隙間へ近づいた。
その瞬間、草の塊から風綿モモンが飛び出してきた。
ぴょん。
白雪の足元を通り過ぎ、岩の隙間へ向かう。
「あっ、またそっち?」
モモンは隙間の前で立ち止まり、白雪を振り返った。
そして、もう一度ぴょこんと跳ねる。
「……ついてきてってこと?」
白雪は笑った。
「いいよ!」
白雪はモモンの後を追い、岩の隙間へと入っていった。
その先に何があるのか。
また新しい場所なのか。
それとも、ただの小さな穴なのか。
今の白雪には、どちらでもよかった。
気になるものがある。
それだけで、進む理由には十分だった。




