第6話 誘拐戦争の記憶「ゴテスベルクを開放しろ」に …たどり着いた
挿絵追加ver.
第Ⅴ章開幕
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『ロベルトは…貴女を失って、僕が苦しんでいたから…
【怨霊祭】が、
最終的には自分も僕も死ぬことになる儀式とも知らずに…
エーレントを【復活祭】で復活させたんですね。
ああ…でも…』
僕は、顔を開いてリヒトさんを見た。
『エーレントは今、どこに…』
リヒトさんは秘儀書の図を指さした。
『12の〇の一つが…うっすら身体まで書かれているでしょう?
ちょっと消えかかっているけど、【儀の初めに…柱来たりて…その魂を贄…身体をば棲み処…】』
僕は思わず唸り声を上げた。
『なんてこと…なんてことだ…!』
しかし、僕はすぐに冷静にリヒトさんの目を見た。
『十二支の一人は、魂を抜かれて、怨霊エーレントの棲み処となっているんですね。三年前から。』
リヒトさんは小さく頷いた。
『私は、10月の十二支会議で久々に王様たちに会ったけど、この三年間のことは知らない。
…誰か、思い当たる人はいる?』
僕は、額に手を当てた。
大王の地位にある者の迂闊な疑いは、大きな不幸を呼ぶ。
しかし、僕が思い当たる人間はたった一人しかいない。
『…います。』
僕は、リヒトさんの耳に口を寄せて、その名をささやいた。
リヒトさんは息を飲んで、「そう…」と呟く。
『近日中に、この調査結果をまとめて、十二支に報告する緊急会議を招集します。
その時に…オスカーを呼んで、話を聞きましょう。
本人に聞くよりも確実で、動きやすい。』
リヒトさんは頷いて、心配そうにソロリと僕の手に、指を添えた。
たまらずに、僕はその指を額の刻印に持って行く。
『ロベルトは、復活の儀でユーリの魂を奪い、
クロエを殺して…
テオも殺そうとして…』
『フレドリック様も…まだ子供で、しかも、双子の妹に恋していたから…
心の闇に食われるような罠をかけたのかもしれない。』
『フレディに直接手を下したのはロベルトだ。
フレディを【闘牛】で粉砕したのに、猫の天神で、頭部があったでしょう。
僕、あれが不思議だったんです。でも、今なら分かる。』
『そう…あの瞬間にエーレントが空間操作をして、首だけ猫の天神に送っていたのね。』
『律義に死体に【垂涎】まで掛けて、腐らないようにしたんだな…
愚かなロベルトだ。
僕を救おうと、こんな狂ったことを…』
僕は、これまで思い出さないようにしていたこと…
幼いころから共に過ごしたロベルトの穏やかな笑顔が頭をかすめ、
一瞬言葉に詰まった。
しかし、それを振り払う。
『リヒトさん、結局、ロベルトが死んで、
神鼠を倒すための、
【怨霊祭】は頓挫したのでは?』
『そう、頓挫した。
でも、200年前の猫族の王が、どんな人か知らないけど、
【怨霊祭】が頓挫したからって、ハイそうですかって、
ユーリ様として生きていく人かしら?』
『…エーレントは、
今、スクリーチ州で盛んな煙草産業の始祖。
実際、エーレントの作った技法書や道具は今でも使われています。
猫族を守るために戦い、
この秘儀書まで作っていた人物…
処刑のときも誇り高さを失わず、
遺体から自然と炎が上がったとか、
テレシウスの方が恐れおののいて、
髪が真っ白になったとか伝わっていますよね?
歴史的に語り継がれるほどの器と力…
【怨霊祭】が頓挫したとしても、
神鼠を倒すための別の手段を考えるでしょうね。』
『炎とか白髪の話は、虚実入り乱れている気がするけど。』
リヒトさんは、思慮深い夕日色の瞳を書物に向けて、
冷静に呟いた。
窓に目を向けた僕は、すっかり夜も更けていることに気付いた。
『さあ、もう遅くなりました。
その【別の手段】が何かは、僕たちの今度の課題にしましょう。』
『…そうね!』
リヒトさんは机に準備された菓子を手に取り、僕に渡してから、
自分も『何味かな?』と言いながら口に入れる。
可愛い口の動きに一瞬目を奪われる。
僕は、慌てて、少しリヒトさんに身体を寄せて、書物をめくり始めた。
が、ふいに一つのページで手を止めた。
僕が、『これは?』とそのページを指さすと、リヒトさんは固まった。
『…これは…』
僕は笑いをこらえる。
実は、僕も、古代語の素養があるのだが、これは…
リヒトさんは懸命に言葉を選ぶ。
『夜…その…エーレントが…あの…』
とうとう僕が吹き出して、
『いや、ごめんなさい。言わなくていいですよ。
エーレントが、秘儀を使って女性と楽しもうとしていたんでしょう?』
と言うと、リヒトさんは猛然とプリプリし始めた。
『なによ!古代語読めるくせに!シリウスが解読すればよかったじゃない!』
僕が『では、今度一緒に読みましょう。』というと、
さらにプリプリして、立ち上がってしまった。
結婚したら、絶対に、一緒に読もう。
絶対に。
*********
ふと、僕は秘儀書の最後のページに書かれた古代語を読み上げた。
『【怨霊祭】…
これにより…
ゴテスベルクが…開放され…
神通力の路が…閉ざされる…』
突然、僕の目の前が真っ暗になった。
僕の悍ましい記憶がガリガリと爪を立てて露わにされる。
「ゴテスベルクを開放しろ…」
「ゴテスベルクを開放しろ…」
「ゴテスベルクを開放しろ…」
「ゴテスベルクを開放しろ…」
「ゴテスベルクを開放しろ…」
「ゴテスベルクを開放しろ…」
「ゴテスベルクを開放しろ…」
…
息が苦しい…胸が弾けそうに圧迫される…苦しい…
『どうしたの?大丈夫?…大丈夫じゃないね、絶対!』
リヒトさんは僕を腕一杯に抱き締めて、背中を強くさする。
『またテレシウス?心臓が痛い?…楽にして…
どこをさすってほしい?胸?』
リヒトさんは背中も胸もさすってくれる。
『大丈夫だからね…楽になるまでここにいるから…』
ようやく、僕の息苦しさは遠のいていく。
でも、僕は、すぐには動かなかった。
【楽になっても、ならなくても、
ずっと、
ずっと、
僕のそばにいて】
そう思いかけたが、また息苦しくなりそうで…
そのときの僕は、
ただ身を寄せて、
彼女の温かさに身を任せることにしたのだった。
…
この調査報告の後、
リヒトさんが死にかけた、毒殺未遂の事件が起こったのだ。
**********
時を戻そう。
今は、そう、僕がエーレントに、
男として、婚約者として完敗して、
テレシウスと彼について語らった…その朝だ。
…
僕は気持ちの良い朝日を感じて、パチリと目を開け、
しばらくあれこれ思い出していた。
そうだ。
何はともあれ、リヒトさんは生きている。
生きて、僕のそばにいる。
僕は…
僕こそ、
その幸せを忘れちゃだめだ。
僕はベルを鳴らすと、すぐに風呂に向かう。
風呂には、やけに良い香りの花びらやなんかが浮かべられている。
朝の予定で会う人物が、こういった香りが好みなのか?
まあいい。
僕の風呂場からは、空が見える。
ああ、気持ちがいい。
この香りもいい。
もじもじ僕を見上げるリヒトさんみたいだ…
結婚したら、この浴槽から、二人で空を見て…
一瞬で僕の耳に火がともる。
こういうことをすぐに考えるから!僕は!!!
しかし、僕の手は、すかさず、
彼女の胸の感触をありありと思い出した。
…そういうわけで、僕は、この場では、衝動に抗うことを、
すっぱりと観念することにしたのだった。
…
十二支と神鼠は猫に「こい」
第Ⅰ章(人生の 最後のページで 見えるもの):https://ncode.syosetu.com/n5418ls/
第Ⅱ章(猫に恋する神鼠 妹に恋する禁忌の竜):https://ncode.syosetu.com/n3802lt/
第Ⅲ章(神山ゴテスベルクと猫天神):https://ncode.syosetu.com/n9385lu/
第Ⅳ章(神鼠の中に 住まう者):https://ncode.syosetu.com/n2574lx/
カクヨムでも連載:https://kakuyomu.jp/works/2912051595951960067




