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第12話 リヒトの首に刻印する 劣等感の キスマーク


挿絵(By みてみん)



僕は、リヒトさんに尋ねた。


「このポンチョは、ヴァカンティエで買ったものですね?」


「あ、うん…シリウス、いつの間にあのお店で買ってたの?

ラピスラズリの服だけかと思ったのに、

ピンクやら緑やら、このポンチョとか…」


「ああ、リヒトさんの着替え中に、

貴女に似合いそうなものを全部買うと言ったんです。


帰った後に、従者に取りに行かせたら、

色々と繕ってくれていたようです。」


「なんだか、王様みたいなお買い物だね…

あ、王様か…いや、大王様よね…」


「僕、自分が欲しいと思ったものを買ったのは、

生まれて初めてです。」


リヒトさんは黙り込んで、

ふさふさしたポンチョの紐を握りしめた。


「形式的な贈答品じゃなくて…

自分が贈りたいと思ってプレゼントをしたのも。」


「…これ、すごく暖かくて、肌触りも…よくて…」


リヒトさんの声が震えている。

涙の玉が、ポンチョの毛皮をコロコロと転がり落ちる。


「リヒトさん!?どうしたんですか…?」


「私は…まだ…婚約者ですか…?」


「僕の…?エーレントの…?」


「シリウスに決まってるでしょ!!!」


急に、泣きながら怒る。


「婚約者です!!!」


僕の声も大きくなる。


「嘘!!!」


「嘘なわけあるものか!!!」


僕は混乱してリヒトさんの肩を掴んだ。


「やっぱり、エーレントを…!エーレントを選ぶんですか!?

リヒトさんは!!」


「エーレントは…」


リヒトさんの口からその名が出た瞬間、

僕の胸に轟音の炎が燃え上がった。


僕はそのままリヒトさんを押し倒す。


「その名前は、聞きたくない。」


リヒトさんの夕日色の目が怯えたように見開かれる。


「そんな目で僕を…見るな…」


僕は、彼女の目線を避けて、顔を彼女の首元に向けた。


が、黒髪とポンチョの毛皮に隠れた白い首が目に入ると、

僕の胸の炎は火の粉を上げて喉元まで這い上ってきた。


僕は、髪や毛皮を掻き分けて、首に吸い付いた。


リヒトさんは藻掻いて、僕から離れようとする。


離すものか!!!


唇を離すと痕がついていた。


僕はもう一度吸い付く。

痕をつけるんだ、消えないくらいに。


「エーレントが…来る…」


「来ればいい。見せつける。」


エーレントへの劣等感が、

リヒトさんへの所有欲に形を変えて濁流となる。


僕は唇をずらしては、彼女の首を吸い上げる。


僕は、こめかみに雪解けのゼリーのような耳たぶを感じると、

濁流に身を任せ、

唇をずらし上げながら、

それに吸い付き、柔らかく噛みつく。


リヒトさんの藻掻きが喘ぎに変わり、

僕の頭に、彼女の(なめ)らかな腕が、しどけなく回されるのを感じた。


その瞬間、僕の目に、

夢で、リヒトさんが、エーレントに絡みついていた画が浮かび上がった。


僕は…唇を離して、がっくりと肘をついた。


そのまま、彼女の顔を見ずに…

見ることができずに、つぶやいた。


「リヒトさん…エーレントと結婚したいですか?」


「エェ??」


リヒトさんはパッと上体を起こして僕を見る。

荒い息で、急き込むように言った。


「ねぇ、起きて。」


「…」


「起きてってば!!!」


僕は渋々上体を起こす。


「ちょっと話が分からないんだけど…」


僕は座り込んで、説明を試みる。


「エーレントはあんなに魅力的な男だから、

僕よりもエーレントと結婚したいと思っているのかと、心配しているんです。」


「エッ…私、そんなこと言った…?」


「夜、エーレントに比べて、僕はあまりにも無様で…」


「私、エーレントと結婚したいと思ってないよ。」


いつものとおり、話の早いリヒトさんに、僕は赤面する。


「さっき、私が聞きたかったのは…

夜、私が、勘違いしてシリウスにひどいことしたから…

もう、婚約者失格かなって心配になって…」


「エッ…僕、そんなこと言いました…?」


会話のデジャヴに、思わず二人で顔を見合わせる。


僕は大きく息を吐いた。

リヒトさんも大きく息を吐いた。


僕は背筋を伸ばした。


「…リヒトさんも僕も、

お互い婚約を継続したいと思っている、

ということですね…?」


「うん…」


リヒトさんは涙目をこすり、

ポンチョの涙の痕をこすった(かえって、毛が束になった)。


彼女がうつむくと、

さっき僕が、掻き分け、吸い上げ、痕をつけた首筋が見える。


結婚までは、大事な道具だ。


僕は、この感触と景色をしっかり目に焼き付けながら、

リヒトさんに話しかけた。


「夜、部屋に戻ってから…テレシウスと話しました。」


リヒトさんはピタリと動きを止めて、僕を見た。


「話す?どうやって?」


「エーレントに会いたいなら身体を貸す、といったら、

意識の底から声がしました。


『私は会わない』って…」


リヒトさんは思わず、と言ったように微笑んだ。


「何それ…会いたそう!」


僕も吹き出す。


「そうなんです。溢れていました。

エーレントへの…気持ち…というのか…」


「エーレントは、テレシウスを憎んで、

復活してまで、神鼠とこの国を滅ぼそうとしているのにね。」


「リヒトさん、覚えてますか?

エーレントが『猫族好きの()()と女を漁りまくった』って言っていたのを…


その『バカ』はテレシウスなんです。」


リヒトさんは膝を抱えて丸くなった。


「…二人は…」


彼女は、それ以上続けず、ゆらゆらと揺れる池の水面に目をやる。


僕の視線も同じ景色に溶け込む。


沈黙以外に、今の僕の気持ちを彼女に正しく伝える方法が

――思い浮かばなかったのだ。


(次話に続く)


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