第10話 シリウスの気まずさを吹き飛ばすには リヒトの力技が一番
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僕は、庭園の東屋にいる。
リヒトさんとランチの約束をしているからだ。
リヒトさんと会うのは気まずい。
昨晩は、思い出すと走り回りたくなるほど、散々だったから。
僕のそばに、まだ、いてくれるのか。
…婚約者として…
午前の予定の合間に「リヒトさん付き」にこっそり尋ねると、
リヒトさんはランチのために東屋に行く予定で、
手ぶらで来て欲しいとのこと。
リヒトさん、僕とランチ…するつもりなんだ!
僕は、顔が緩んで、また走り回りたくなったが、
官吏の「髭の長官」が来たから、
顔を叩いて、背筋を伸ばした。
会議は思ったよりも早く終わった。
執事のモレルが、静かに「次は東屋でございますね。」と言う。
ヤンが紫の厚いマントを羽織らせてくれる。
ああ…
リヒトさんに、どの面を下げて会えばいいんだろう。
何を言えばいいんだろう。
「午後の予定は延期になりましたので、ごゆっくりなさいませ。」
執事のモレルが静かに頭を下げる。
この周到さ…
朝の浴槽に浮かんでいたいい香りの花びらは…
僕は世話焼きの彼らにクスリとする。
時間はまだある。
僕は最初はなるべくゆっくり、
気付けば急ぎ足で東屋に向かった。
リヒトさんは来ていない。
僕は、とりあえず座ったものの、すぐに立って、
東屋の手すりに足を掛けて腹筋したり、
屋根の縁に手を掛けて懸垂をしたりした。
汗ばむ前に、僕は飛び降りて一息ついた。
と、僕は遠くに人の気配を感じた。
心臓が飛び上がる。
目を上げると、遠くから、ひょこひょこと歩くリヒトさんの姿…
僕は目を見開いて一瞬固まった。
が、これまでの緊張が消し飛び、すぐに飛んで行った。
「リヒトさん!!!ちょっと、どうして…!?」
「触っちゃダメ!!!私が歩けるところを見せるんだから!!!」
僕は口をパクパクさせて、
不自然に手を上げたり下げたりした。
何とリヒトさんは…
頭に大きな、たたんだブランケットを乗せ、
分厚いポンチョで口まで埋めて、
大きな、鉄の玉のごとく重そうなランチボックスと鞄を手に下げるという、
理解が及ばない姿で登場したのだ。
僕は、後方に控える従者たちをジロリと睨んだ。
彼らは、手を横に振ったり、頭を米つきバッタのように上げ下げしたりしている。
…まあ、リヒトさんが彼らを振り切ったんだろう。
僕が、遠くに行くように身振りで指示すると、彼らは瞬時に姿を消した。
「どれか一つでも持ちますから…」
「シリウスは、見ていて!」
ブランケットの下の髪は、冬なのに汗で張り付いている。
「す…すごいでしょう…?」
息を切らしながら、リヒトさんは笑う。
僕は何度も頷いた。
「すごい!すごいですよ!!!」
しかし、リヒトさんは、東屋を目前に、
一度ランチボックスを置いて、足をさすり、息を整える…
「大丈夫ですか?やっぱり…」
「あと少しだから…シリウスは、東屋に先に行って、私を迎えて!」
僕は急いで、東屋に駆け込んで叫んだ。
「リヒトさん!猫さん!
もうすぐですよ!
こっちに「来い」!「来い」!」
リヒトさんは満面の笑みになる。
エイと力を振り絞り、全てを抱えて歩いてくる。
必死の顔が、上気している。
僕は我慢できずに、東屋の階段を降りる。
「ホラ、ホラ、後少し!!!」
とうとう、リヒトさんは僕の目の前に来た。
「到着!!!」
僕は、荷物をパッと受け取り、
リヒトさんを片手でギュッと抱き締める。
「ああ!痛い!!!ね、すごいでしょう?」
僕は、荷物を地面に置くと、
リヒトさんを、両手で思いきり抱き締めた。
「すごいです、リヒトさん、こんなに歩けるなんて…
少し前は死んじゃうかと思ったのに…
なんだか、嘘みたいだ。」
胸を張っていたリヒトさんだが、
僕が、彼女の頭に頬を擦り付けると、丸く縮こまってしまった。
僕は胸が高鳴って、一気に顔が熱くなる。
リヒトさんは僕を振り仰いだ。
「こういう場面でね、結婚の申込みをお受けします、って言うつもりだったの。
ほら!前に言った…」
「ああ!…そういうことですか!!!
…ありがとう、リヒトさん…」
僕は腕を緩めて、リヒトさんの顔を覗き込んだ。
気まずい「おやすみなさい」をした僕を、
こうやって、何気ないふりをして救ってくれる。
リヒトさんは顔を赤らめて少しうつむいたが、
ランチボックスが目に入ったようで、
勢いよく顔を上げた。
「ここで食べない?」
何やら意気込むリヒトさん。
僕はハンカチを草の上に敷いて、リヒトさんを座らせてあげて、
その隣に腰かける。
リヒトさんはさらに意気込む。
「開けて!開けて!」
ランチボックスの中に何か入っていることが丸わかりだ。
笑いをこらえる僕。
パッと開けると…
「エッ!?」
思わず僕は声を上げる。
あの鼠のぬいぐるみと共に、猫のぬいぐるみが入っていたのだ。
「シリウスに、プレゼントです!」
黒いハチワレに、目はオレンジのボタン。
身体は、官吏の服のような黒い布で作られている。
「触っていいですか?」
と聞くと、「もちろん!」と急き込んで言う。
「私が作ったの!」
「エェ!?!?」
さらに驚いて、相当大きな声を上げてしまった。
僕の反応に、リヒトさんは大満足の様子。
「どう?結構上手でしょ?」
「リヒトさん、縫い物できるんですか?」
「木登りと屋根登りしかできないと思ってない…?」
少しプリプリした様子だったが、僕はリヒトさんの肩を抱き寄せる。
「プロポーズを承諾してくれたとき…
『ランチボックスを開けたらプレゼントがある』って言ってたのは、これですか?」
「そうそう!さすが…よく覚えてるねぇ…」
「いや…すごいですね。売っているものみたいです。」
「売ってたのよ。」
リヒトさんは僕を見上げて笑う。
僕は心底驚いて、リヒトさんを見つめる。
「売ってた?リヒトさんが?」
(次話に続く)
十二支と神鼠は猫に「こい」
第Ⅰ章(人生の 最後のページで 見えるもの):https://ncode.syosetu.com/n5418ls/
第Ⅱ章(猫に恋する神鼠 妹に恋する禁忌の竜):https://ncode.syosetu.com/n3802lt/
第Ⅲ章(神山ゴテスベルクと猫天神):https://ncode.syosetu.com/n9385lu/
第Ⅳ章(神鼠の中に 住まう者):https://ncode.syosetu.com/n2574lx/
カクヨムでも連載:https://kakuyomu.jp/works/2912051595951960067




