92.あ、重たい、無理
午後はスイルーさんとグレンさんが来て、剣と斧とナイフの基本的な使い方を教わる。
「何やってんだネニトス! 斧を剣みたいに振るな!」
「え……違うんすか?」
ネニトスは斧を抱えてポカンとする。素直さは彼の長所だが、この顔は馬鹿正直の類だから短所だ。
スイルーさんは額を押さえて、ブッ飛ばすぞという顔をなんとか宥めようとしてる。
「ナイフで大ぶりな動きしてどうする?! なんでも振り回しゃいいと思ってんのか!」
「じゃあどうすれば……」
ネニトスはナイフを持ってもポカンとしている。今度は抱えているものが小さいから、大きな身体を縮込めてまるで迷子の幼児みたいだけど、身体が大きいので幼児のような可愛げはない。
スイルーさんは血管のブチギレそうな頭を抱えて歯軋りしている。めちゃくちゃ恐い雰囲気だけど、これでもまだ、指導員だから感情を抑え込んでいる方なのだろう。
外見だけは美男美女の愉快なコントを横に、僕はと言えば、斧に振り回されていた。
いやどう見ても無理でしょ。
ギルドにあった訓練用の斧は、持ち手が長いバトルアックスみたいなやつだった。訓練用だから刃は潰されているとはいえ鉄の塊、切れなくても普通に鈍器として戦場で使える代物だ。
そんな自分の身長よりも長い鉄の塊なんぞ、振り回せるわけがない。一振りごとに僕の身体が振り回されている。僕の腕力のなさを舐めないでいただきたい。
もう持ち上げるのも無理なので、バトルアックスを地面に突き立てて前後に振っているから、持ち方とか構え方とか以前の問題だ。
僕の指導員になったグレンさんはただ静かに、振り子の如き僕を眺めて、静かだけど大きな溜息を吐いて、黙って斧を取り上げてくれた。その手付きはまるきり、子供から危ないものを遠ざけるお父さんのような、優しい手付きだった。つまり冒険者扱いされてない。
それから今度は剣を渡される。僕は恐る恐る、午前中に教わった素振りを思い出しながら剣を振ってみる。
あ、重たい、無理。
今度の剣も訓練用だけど、素振りで使った木剣ではなく、刃を潰しただけの鉄の剣だ。訓練用バトルアックスと同じ鉄の塊、しかも長剣。
振り上げたら後ろに倒れそうになり、振り下ろしたら重さに負けて前のめりになり、剣先がガツンッと地面に落ちた。
素振りの時も思ったけど、剣って重たい。
当たり前のことを実感して自分でも阿呆みたいだけど、僕だって両腕で抱えて持つのならもっと重たいものを持てる。背中に背負うなら自分と同じだけの重さのものを背負える。
だけど、腕の力だけで、身体から離して、長い棒を短く持ち前方に振るとなると、腕に感じる重さが段違いだ。これは単純な腕力だけじゃなく、バランス感覚とか体幹とか、いろんなものを駆使しないといけないのだろう。
というのはわかるのだが、残念ながら僕は腕力だけじゃなく身体の使い方もなっていないので、頭でわかったところで身体はできないわけだ。
僕はチラッとグレンさんを見る。
グレンさんは目を細めて、ぐっと唇を一文字に結んだ。たぶん怒鳴り声を堪えたんだな。
「もう一回」
グレンさんは怒鳴らないけど、静かな声がむしろ恐い。あとなんか申し訳なくなる。
僕はめげずに、ここでめげたら無職一直線なので、今度は慎重に持ち上げて、慎重に振り下ろす。
おかげで剣を地面にぶつけるという無様は晒さなかったけれど、もうずっとノロノロ。ノロノロと剣を持ち上げ、ノロノロと剣を下ろし、プルプルと支えているから、結局無様。
そう言えば、中古の剣を買う時も、古道具屋の店主に一瞥されて、なんか可哀想なものを見る目をされた後、「まあ、これくらいなら、なんとかなんだろ」みたいなことを言われて今の剣を買ったのだった。
あれはこういう意味だったのかと今更思い知る。
僕の持っている剣は細くて短くて、剣と言うか長めのナイフみたいなやつだから、あの店主は僕の雑魚っぷりを一目で見抜いて、ぎりぎり振り回せるものを勧めてくれたらしい。優秀な店主だ。有難い。悲しい。
今のグレンさんはあの時の店主と同じ目をしている。こんなか弱い子供を戦場に送り出していいのだろうか、みたいな葛藤を抱えた顔をして、そっと剣を取り上げてくれる。
僕はこれでも一応この世界では成人した年齢なので、そこまで憐れまれるのは心外だ。雑魚過ぎるのはわかっているから何も言えないけれども。
最後にナイフを渡された。これまた訓練用で刃はないのに、完全に心配性のお父さんモードになっているグレンさんに「怪我しないように気を付けて持てよ」と言われて渡された。いや流石にこれは持てます(笑)
「片手で軽く握って、左手は訓練中は背中に回しとけ、できるだけ背筋を伸ばすことを意識するように……」
ようやく指導らしい指導ができてグレンさんはホッとしている。僕もホッとした。本当になんか申し訳ない。
しかし、所詮はナイフ、持つのは雑魚の僕、せいぜい自分の指を切らない振り回し方を教わるだけで、僕の武器の使い方講習は終わってしまった。
どうでもいい話しですが、グレンさんの息子さんも娘さんも二十歳超えています。二人とも護身術程度の剣術と体術を父から教わっているのでヨナハンよりぜんぜん強いです。
グレンさんは幼き日の我が子との鍛錬を思い出して複雑な気持ちになってます。幼き日って、七歳くらいの時をヨナハンくんに重ねてるんですけどね。
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