86.なんかわからんけどいい感じの手を早く打ってください
一晩経っても身体に沁みついた薬草の匂いがとれていない。
朝起きてからの第一声が「くっさぁ」だった。
もしかすると、今は街中あちこちで虫除けを撒いているから、街の空気がもう薬草臭いんじゃないかと思ったけど、そうでもなさそうだ。だって、昨日は冷たい水で我慢して行水したのに両手の緑色もとれていない。風呂を沸かす燃料費はなかったんだ。
ギルドの食堂で朝ご飯を食べているけど、いつもの美味くもないスープが匂いのせいでいつも以上に美味しくない。
隣でネニトスも微妙な顔をしている。というか、こいつは別に金欠というほどでもないから、外の屋台に食べに行ってもいいのに、毎朝、面倒臭いという理由でギルドの食堂で朝食を済ませている。
「今日どうしようか」
今日はもう虫除け作りの依頼はない。冒険者ギルドの依頼板もすっからかんだし、初級ダンジョンは満員御礼で入場は順番待ちになっている。
予想通りだ。予想していたというのに、だから早起きして依頼争奪戦に挑もうとか、昨晩のうちに明日の計画を立てておこうとか、そういうことを考えないから僕らはここで途方に暮れている。
「ダメもとで街の紹介所行ってみるか」
ネニトスもヤル気のなさは僕に引けを取らないけれど、まったく収入がないというのも困る。
「紹介所行っても無駄だと思うぜ」
そこへ声をかけてきたのは同室のケルビンだった。おまえら余裕そうだな、なんて言われたけど、余裕なんて欠片もない。にっちもさっちも行かないから、ぼんやりするしかなくなっているだけだ。
「俺も昨日行ってみたけど、別の街への出張依頼しかなかったから」
「え? なんで?」
「第一ダンジョンが閉鎖されたら、魔物素材が不足するだろ」
「あーなるほど」
この街で一番大きなダンジョンが閉鎖されたのだ。他のダンジョンや森だけでは、魔物素材が賄いきれないのだろう。ならば、他所のダンジョンか森か山に狩りに行くしかない。
「他の街への乗合馬車は満員だったし、街間転移門も行列ができてる、馬車持ってる伝手でもいなけりゃ出張依頼は無理だよ」
ケルビンは茶を啜りながら肩を竦めた。
冒険者ギルドに入っている出張依頼ならば、普通は期限が決まっているから、徒歩以外の移動手段がなければ受けるのは不可能だ。
依頼ではなく、他所の街のダンジョンに行くとか、遠くの森まで狩りに行くというなら、徒歩での移動もできなくはないけれど、僕とネニトスの二人では、獣や魔物や盗賊を除けながら街道を進む力はない。実力もないから、徒歩移動を試みるパーティに同行させてもらうのも無理だろう。
僕はお手上げ状態で天井を見上げる。
これは最悪、物価高騰も起きかねないかもしれない。この街は安い肉と言えば魔物肉だし、安い服と言えば魔物革製だ。すべては近場に大きなダンジョンがあるおかげだから、他所から仕入れるとなれば、あらゆるものが高くなるだろう。
収入が無くなる上に物が高くなるなんて致命的だ。どうか、なんかわからんけどいい感じの手を早く打ってください、と名前も顔も知らないこの地の領主に手を合わせておく。
「ネニトスそういう伝手ないのか?」
訊ねる僕には、当然ながら伝手なんかない。生まれた村にはそもそも馬車がなかった。頼りの綱はこの街で商売している実家を持つネニトスだけだが、案の定、ネニトスも渋い顔で首を振った。
「あるとしたら、隣町の問屋くらいだけど、次に来るのは十日後くらいだな」
十日も無職ではいられない。タイミングが合ったとしても、隣の町までの相乗りではあまり意味がないだろう。どうせ仕事を求める人は付近の町まで溢れているだろうし、ルビウス以外でダンジョンがある街はもう少し遠い。
「じゃあダメか~」
「そもそも、その問屋も次来れるかどうかわかんないしな」
「あ、そっか」
難しい顔をするケルビンに僕もゲンナリする。
ここらの経済はだいたい魔物素材で成り立っているから、隣町の現状もルビウスと大差ないだろう。問屋だっていつもの通りに商売できるかわからないわけだ。
「じゃあうちの店もヤバいかもってこと?」
「ヤバいかもね」
小麦粉が変えなくなったらパン屋だってパンが作れない。最後の最後の駆け込み寺と思ってたネニトスの実家すら頼れない可能性が出てきた。顔を見合わせた僕とネニトスは、絶望的な気分だった。
そんな僕らに同情的な顔をしているケルビンだが、そう言えば、彼もこんなところで茶などしばいていて大丈夫なのだろうか。
「ケルビンは何か仕事あるのか?」
「親父の手伝いで門番だよ、人の出入りが多くなってるから増員募集があったんだ」
ケルビンの父は門番の仕事をしていたのだった。今日は午後からの出勤だから、こんなところで余裕こいていられるのだ。無職だからボーッとしている僕らとは違う。
「ちなみに、その募集って……」
「すまん、俺も親父の口利きで捻じ込んでもらっただけだから」
「だよね~」
「ないよな~」
テーブルに突っ伏した僕らを苦笑いで眺めて、ケルビンは食堂を後にした。実家を巧く利用するとはこういうことだ。
結局、何もすることがなく食堂でぐったりしていると、グレンさんがやって来た。
「よう、二人ともギルマスの執務室に来い」
「何やったんだよヨナハン」
「おまえだろネニトス」
呼び出しを受ける心当たりがない、とも言えないけど、執務室に呼び出される理由なんて説教くらいしか思いつかない。キラーアントについての説教は既に済んでいるし、他に怒られる覚えはあまりない。
「別に説教じゃねえよ、スイルーから聞いてないのか?」
「何をですか?」
不思議そうな顔をするグレンさんに、僕もネニトスも同じく不思議そうな顔をする。スイルーさんとは確かに昨日会ったけれど、雑談以上の会話はなかった。
「あの人は決定事項みたいに言ってたくせに……」
グレンさんはどうしたもんかとブツブツ言いながら、しばらく頭を掻いて考えていたが、そのうち顔を上げた。良い案が思い付いたというより、まあいいか、というような顔をしているのが非常に不安だ。
「とりあえず、おまえらついて来い」
僕らの知らないところで僕らの何かが決定しているようだ。
「冒険者初心者講習を受けた者は、二年間は講習を受けた地域で冒険者をするべし」という決まりはありますが、ダンジョン閉鎖とかの非常事態の際は他所の冒険者ギルドの依頼を受けることもできます。
少しでも面白いと思ったら是非ブックマークお願いします。
リアクションや★付けていただけると嬉しいです。
感想やレビューも待ってます!




