87.執務室直さないんですか?
説教じゃないことは一安心だが、一抹の不安を抱えつつ、グレンさんの後について僕らはギルマスの執務室へ向かった。どうせ暇だし。
「グレンさんはキラーアント討伐に参加しないんですか?」
静かな廊下を歩きながら、ふと思い出したことを訊ねた。今はギルド本部の職員も大半は第一ダンジョンに行っているから、ギルド本部は閑散としている。グレンさんも真っ先に駆り出されると思ってた。
「参加するよ、だが土魔法使えるやつは巣穴掘削を担当するから、俺の仕事は殺虫剤散布の後だな」
グレンさんは土魔法が使えるんだった。レヴィさんの話しだと、巣穴を掘り返して女王蟻を探すには土魔法使いがたくさんいるそうだから、グレンさんは温存されているのだろう。
「失礼します、ネニトスとヨナハンを連れてきました」
グレンさんが執務室の立派なドアをノックすると、中からベンドレンドさんの声で「入れ」と聞こえてくる。
僕とネニトスはちょっと緊張して入室したが、中の惨状にポカンと口を開けてしまった。
ギルマスの執務室は、直っていなかった。
僕がブッ飛ばした壁は木の板で応急処置されているだけ、天井は魔物の皮らしきものがテントのように張ってあるだけ、雨が降ったら確実に雨漏りしそうな部屋に紙の書類の山がいくつもできていた。
古ぼけた冒険者ギルド本部の建物の中でも、間違いなくここが一番ボロッちい部屋だろう。そうしたのは僕なんだけどね。
「おう来たな、おまえらの特訓メニューだ、早速今日から始めろ」
ギルマスのベンドレンドさんは、半分プレハブ小屋の執務室も積み上げられた書類も気にせず、スイルーさんとボードゲームをしていた。ルールは知らないけど将棋みたいなやつ。
「執務室直さないんですか?」
「特訓メニューって何のことですか?」
僕は思わず訊ねてから、しまったと思い口を噤んだ。遅すぎる。ネニトスが呼び出された本題らしきことを聞いてくれたからよかったものの、壊した張本人がさっさと直せよ的なことを言うのは不適切にもほどがある。
「直してたわい?! 直してる最中に蟻が出やがったから中断してんだ!! ってなんだと?!」
僕とネニトスが別々のことを聞いてしまったから、ベンドレンドさんのキレ芸に落ち着きがない。
僕は咄嗟にネニトスの後ろに隠れていたけど、ベンドレンドさんの眼光がスイルーさんに向かったのを見て、ネニトスの横に並び直した。隣からジトッと睨まれる気配がしたけれど、気のせいだと思っておく。
「おいスイルー!! こいつらに話し通してんじゃねえのか」
「そう言えば、こいつらには話してなかったかもね」
立ち上がってもうボードゲームどころではない様子のベンドレンドさんに対して、スイルーさんは静かな顔で盤面を睨んでいる。
一瞬僕らの方に「そうだっけ?」という視線を寄越したから、僕とネニトスも「そうでーす」という顔で頷いた。それでもスイルーさんはどこ吹く風だった。いや困るんですが。
「こいつらにはって、当の本人に話さないで決めるやつがあるか!!」
怒鳴り声を上げるベンドレンドさんに、僕らも大いに頷いておく。スイルーさんは煩そうな顔をしつつ、手元で駒の位置を入れ替えている。ルールは知らないけれど、あの手付きは絶対ズルをしているに違いない。
「いいじゃないか、話そうが話すまいが変わらない、あんたらも断るわけないだろ」
この場で一番偉いはずのベンドレンドさんが知らなかった話しなのに、スイルーさんはさも私の決定は絶対だと言いたげだ。
ただ、スイルーさんもギルマスの判断を無視するつもりではない。僕らの方に決定権がないと言っているのだ。
下っ端冒険者は辛いよ。
スイルーさんの人殺しのような睨みに、僕は再びネニトスの後ろに隠れようとしたけど、今度はネニトスも僕の後ろに隠れようとする。いや、おまえの体格じゃ僕の後ろには隠れられないから、と僕らが互いの背後を狙ってじりじり後退しても、半歩も下がれないうちにグレンさんに背中を押されて戻されてしまう。
「断るわけないだろうね」
そう言われましても、何の話しかもわからないのに断るも断らないもない。
スイルーさんが恐い顔で睨んでくるから、尚更、迂闊に頷いてはいけない雰囲気だ。奴隷契約書とかに無理矢理サインさせようとするヤクザって、きっとこんな顔をしている。
しかし、この場ではベンドレンドさんの方が偉いはずだ。助けを求めてベンドレンドさんに視線を向けたが、当のベンドレンドさんは首を傾げてボードゲームの盤面を睨んでいた。スイルーさんのズルに気付いてしまったらしい。でも、それって僕らの命より大事なことですかね?!
僕らは冷や汗を流しながら必死に口を噤み、藁にも縋る思いでグレンさんを振り返った。
「あー、前々から計画はあったんだが、新人冒険者の強化訓練をするっつー話しをな、本格的に始めようってことになったんだ」
グレンさんは空気を読んで最初から説明してくれた。良くも悪くも放任主義で、新人にも必要以上に手を貸さないグレンさんだけど、流石に僕らを憐れに思ってくれたらしい。
「強化訓練って、初心者講習と違うんですか?」
僕は真面目に質問しつつ、さりげなくグレンさんの後ろに隠れようとしたけど、グレンさんは許してくれずに前に引き戻される。今回の話はあくまで僕らがメインだと言いたいらしい。でも質問に答えてはくれた。
「ああ、初心者講習はあくまで基礎の基礎を教えるだけだ、今回の強化訓練はD級程度の冒険者を増やすのが目的だ」
「初心者講習で冒険者になるやつは増えたが、長続きするやつがいねえ」
「いてもせいぜいがE級止まりだ、そのせいでB級やA級冒険者も増えない」
グレンさんが冷静に説明してくれるから、ベンドレンドさんもスイルーさんも普通の会話を思い出したらしい。最初から忘れないでほしい。
「え? どういうことです?」
ネニトスの疑問に僕も頷く。
冒険者ギルドが初心者講習と寮を提供してくれるおかげで、僕らみたいに軽い気持ちで冒険者になるやつが増えるのはわかる。それで冒険者になっても、E級でダラダラやって二年で辞めてしまうやつが多いのもわかる。
しかし、それがどうして高ランク冒険者が増えない理由になるのかがわからない。ヤル気のない冒険者なんか、どう頑張ってもC級以上になんてならないだろうに。
「中間層がいないとモンスターの間引きが間に合わねえんだ」
ベンドレンドさんがビシッと僕らの方に駒を突き出した。
ギルマスの執務室には一応は機密書類もあるということで、他所の業者には頼まず、日曜大工ができるギルドスタッフや冒険者がちまちま直してました。機密書類を穴開いた部屋に置いとくのがそもそもアレですけどね。
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