85.最底辺は辛いよ
「うーん、冒険者ギルドの依頼はとれそうにないから、街の紹介所にでも行ってみるか?」
紹介所は仕事を斡旋してくれる所だ。長期雇用は同業者からの紹介の場合が多いから、紹介所で斡旋しているのは主に短期とか日雇いだ。
「同じこと考える冒険者がいないと思うか?」
「だよなー」
紹介所には冒険者以外も行くのだから、倍率で言ったら冒険者ギルドの依頼よりも高い。いつもは誰もとらないキツい仕事だって取り合いになっているだろう。
D級以上の冒険者はキラーアント討伐に強制参加で、あちこちで愚痴が聞こえてくるけれど、それでもみんな強制参加に応じているのは、仕事があるだけ有難いという状況だからである。
「ネニトスの実家で手伝いとか募集してないか?」
「それは……最終手段で」
「まだ引っ越したこと言ってないのかよ」
「引っ越したことは伝えたさ、すぐバレるからな、でも追い出されたことは言ってない」
せっかく実家が目と鼻の先にあるというのに、ネニトスの阿呆のせいで頼ることもできない。
とは言え、僕の実家も頼れるような余地はないだろう。なんなら、仕事がないどころか寝る場所もないだろうから、故郷に帰ってみたところで確実に無駄足になる。
他にはまったく伝手もないし、他所の街のダンジョンに挑戦するような実力もない。
「おたくらは明日からどうするんですか」
ネニトスが近くで作業していた先輩冒険者に声をかける。こういうところ、僕よりはコミュ力がある。
「どうするもこうするもねーよ」
「貯金で食いつなぐしかない」
「なんかいい仕事ないっすか」
「あったらこんな仕事してないって」
「ですよね」
返事は予想通り芳しくない。みんな僕らと同じく仕事にあぶれて、頼る当てもないD級未満の底辺冒険者たちだ。むしろ、他にいい仕事があったら奪い合いをするライバルですらある。
ごりごりごりごり、すりこ木の音だけが響く。臭過ぎてさっさと終わらせたい仕事だけれど、お先真っ暗過ぎてこんな仕事でも終わらないでほしいと思えてくる。
「本当に明日からどうしよ~」
「ギルドに寮費待ってもらえるかな……」
途方に暮れていた僕らの前に、珍しい人が現れた。
「うわくっせぇ」
くぐもった声だったから一瞬誰かわからなかったけど、すり鉢から顔を上げると、スイルーさんがいた。口元を布でぐるぐる巻きにしても臭いらしい。
「スイルーさん、お久しぶりです」
エルフのスイルーさんはA級冒険者で、一応ホームはルビウスだが、世界中を気儘に跳び回っているという。初心者講習が終わってからは一度も顔を見ていなかった。
「おう、ヨナハン、蟻に食われてパンツ一丁で逃げ帰ってきたんだって?」
「ズボンの裾食われただけですよ」
噂が酷い感じに誇張されている。
スイルーさんは相変わらず美人なのに、顔が恐いから人は寄り付かない。ここにいるのはみんな底辺冒険者だから、見惚れるどころか、なるべく目を合わせないようにまでしている。ここにいる時点で全員「やる気が足りん!」と説教される可能性があるのだ。
つまり僕は生贄ってことだ。最底辺は辛いよ。
「しっかし情けない、蟻如きに逃げだすたぁ、おまえもだよネニトス」
「いて」
僕のことをニヤニヤ笑っていたネニトスが頭を叩かれる。ざまぁ。
「いやいやあの数は無理ですって」
「キラーアントの撃退方法は初心者講習で教わるだろうが」
それは確かにそうだ。
虫除けを投げつけるとキラーアントは後退するが、後退するときの殿が大将首と呼ばれている。的確に大将首を潰すと、他の蟻も追いかけてくる足が鈍ると教わった。
だがしかし、如何せん僕らは、肝心の虫除けを持っていなかったのである。
「実際見たらぜんぜんわからなかったですよ、めちゃくちゃ足速かったし」
「大将首は他より大きいっていうけど、大きさの違いなんて見てる暇なかったし」
虫除けを忘れたことはぼやかして僕らは言い訳する。虫除けはダンジョン探索の必須アイテムと教わったから、持ってなかったとか言ったら絶対スイルーさん怒る。
実際問題、虫除けを持っていたとしても、僕らがあの数の蟻に対処できたかと言えば、かなり微妙だし。
「どんくせぇな、蟻の速さなんてクローラビットと変わらねぇだろうが」
「……クローラビット速いじゃん」
「……クローラビット一発で仕留めたられたことない」
顔を見合わせた僕らに、スイルーさんは目を丸くした。え? なんか拙いこと言った?
「はぁあ?! ウサギくらい一撃で仕留めやがれ!」
「ぴえっすんまっせん!!」
「しょ、精進します!!」
結局スイルーさんの雷が落ちた。
第一ダンジョンでは、クローラビットを追いかけて走り回っている低ランク冒険者は結構いるから、僕らが特別に弱いとか鈍くさいというわけじゃないと思うけど。
なんてことを、ブチギレスイルーさんに反論する度胸は僕にはない。
それからスイルーさんは「今時の若いもんは」とか「新人のレベルが低すぎる」とかブツブツ喋っていた。エルフ顔の美人なのに、言っていることが年寄り臭いんだよな。
「やっぱり、あの話しは早急に進めた方が良いな……」
そう呟くとスイルーさんは足早に去っていった。
なんだか不穏なことを聞いた気がするけど、その時の僕らはただただ嵐が去ったことにホッとするばかりだった。
D級冒険者はスタンピートが発生すると討伐強制参加になりますが、他所の街に行けないわけではないです。ただ、強制参加を断るには相応の理由が必要です。
少しでも面白いと思ったら是非ブックマークお願いします。
リアクションや★付けていただけると嬉しいです。
感想やレビューも待ってます!




