80.深淵を覗くってこういう感じなのかな
「この、なんか、砂掻き混ぜてるみたいな音のこと?」
「そう、やっぱ聞こえるよな」
「ずっと鳴ってたから気にしてなかった」
「俺も耳鳴りかと思ってた」
気が付くと間違いなく鳴っている。ザラザラガサガサ、何か細かいものが大量に流れているような、もしくは長いものを引き摺っているような音。微かな音が鳴り続けていたから、ネニトスが耳鳴りだと思ったのも頷ける。
それが確かに聞こえるようになったということは……
「近付いてる?」
「大きくなってる?」
そんなことを言い合っていたら、奥が見えた。
いや、たぶん、奥だと思う。
「んん?」
「ん?」
首を傾げて立ち止まった僕に合わせて、ネニトスも通路の先にライトを向けた。
一番奥は黒い壁、に見えたけど、ライトを向けるともっと奥がありそうだった。
「真っ暗な部屋?」
「それにしても暗過ぎないか? 壁全面が黒いのか?」
通路は奥に向かうと少しずつ広くなっている。その奥がライトで照らしても良く見えない。扉があるようには見えないけど、黒くて、でも黒い壁があるようでもない。
ライトを向けて目を凝らしていると、別のことに気が付いた。
「音止んだ?」
「あ、ホントだ」
さっきまでザワザワしていたノイズが聞こえなくなっていた。音の正体がわからないから、止んでしまうとただの耳鳴りだったのではないかと思えてくる。
しかし、音は確かにあった。音が止むと、さっきまでいかに煩かったか実感する。静けさが耳に痛い。ごくりと、自分の息を飲む音が大きく聞こえる。
音がしたということは動いていた、ということはモンスターの可能性が高い。
正直すごく恐いけど、謎の音と、謎の真っ黒い部屋、この謎の正体がわからないままでは、この先ずっと気になって眠れなくなるだろう。
心境としては、ホラー映画で最初に死ぬモブ。観客として観ている時には、なんでそんな迂闊に覗きに行くんだと呆れるけれど、当事者になってみるとわかってしまう。こういう時って、迂闊に覗かずにはいられなくなるもんなんだな。
ネニトスと顔を見合わせてから頷きあう。ネニトスも、まあ、僕と同じく迂闊なモブタイプだ。
通路にはモンスターの気配はない。武器を構えて慎重に先へ進む。近付いても真っ黒い奥は一向に何かわからない。黒い靄がかかっているのかもしれない。
僕は完全防御のベストを着ているから、前に出て真っ黒い奥を覗き込む。
深淵を覗くってこういう感じなのかなって思うほど黒い。ぐるりとライトで照らして見ても、どこもかしこも黒い。広い空間はあるようなのだが、不思議なくらいライトが効かない。
「んんん? なんだここ?」
とりあえずモンスターらしき影はないし、地面はあるようだから、広い空間に一歩踏み込んだ時、ようやく正体がわかった。
というか、僕が一歩踏み込んだ瞬間、あのゾゾゾという砂嵐みたいな音が復活した。しかもさっきよりも大きな音が、渦を巻くようにどんどん大きくなっていく。
音に合わせて真っ黒い室内がぞわぞわと蠢く。
蟻だ。気付いた瞬間、全身に鳥肌がたった。
僕の足くらいの大きさの黒い蟻が、床から壁から天井までびっしり埋め尽くしている。
「ひえ」
後ろでネニトスも正体に気付いたようだ。
そして蟻たちも、侵入者の存在に気が付いた。
ゾンッと、一匹一匹は小さい蟻が、一斉に動くと巨大な生き物みたいな音がした。
また音が止んだ。
一瞬、蟻たちと目があった。
一匹一匹は小さいけれど、何千何万という目に睨まれて、僕もネニトスも勝ち目がないことを悟る。
「おっじゃましましたあああああああ!!」
「ぎぃやあああああああああああああ!!」
二人同時に振り返って走り出した。一拍遅れて、蟻の群が爆発したように通路に溢れ出てきた。砂嵐のようだった音は、最早ノイズなんてレベルじゃなく、ドドドと土石流のような轟音になって僕らの背後に迫ってくる。
キラーアントだ。二十から三十センチくらいの大きさで、蟻としてはデカいけど一匹ずつの攻撃力は大したことない。噛まれたら痛いけど、踏んだら潰せる。
しかし、キラーアントを一匹見かけたら千匹いると思えというくらい、頭数が半端なく多い。十匹くらいに集られてもなんとかなるけど、百匹に集られたら人間なんか簡単に殺される。
しかも、全身の皮膚という皮膚を噛み千切られるという、ものすごく痛そうな死に方をする。絶対に嫌だ。蟻に対してベストの完全防御がどこまで効くかわからない。だって、蟻ならベストの中でも入ってこられそうだ。
「どどどどどうするどうするどうする?!」
「わかんない!! 追いつかれたら死ぬのはわかる!!」
「それは僕もわかる!!」
只管来た道を戻る。全速力で。冒険者向けの道具屋に虫除けとか置いてあったのはこういうことか、と今更思い知ったけど遅い。
「追いつかれるっ、なんか、ないか? 虫除けとか」
「ない! 青い煙玉しかないっ、あの数じゃ、十個投げても無意味だろ」
ちょっと振り向いたら、さっきまで歩いていた通路が真っ黒に塗り替えられていた。全て蟻だ。床も壁も天井も蟻に埋め尽くされて、一匹の真っ黒な大きな生き物がミチミチに詰まっているように見える。
これでは影の中に逃げても意味がない。ネニトスを置いていくことになるし、一時的に退避できても、息継ぎで顔を出した瞬間、顔面が食い尽くされるだろう。駄目だ想像しただけで恐い。
「あ」
そこで僕は思い出した。大技過ぎて使うことがなかったからすっかり忘れてた。なんなら、最初に奥の広間でぶちかましておくべきだった。
「ネニトス、僕の前行って、大盾出して!」
「お、おう!」
僕が立ち止まって振り返ると同時に、ネニトスが僕の前に出て大盾を出す。
キラーアントの群が数センチのところまで迫ったところで、僕はブラックホール大を出した。
バリバリと黒い稲妻が走り、ごりごりとダンジョンの壁ごとキラーアントが黒い渦に吸い込まれていく。すごい吸引力、掃除機のCMみたいな絵面だ。
「うおぉ! 引っ張られる!」
ネニトスは盾で防御するというより、大盾をつっかえにして吸い込まれないように踏ん張っている。僕も踏ん張っていないと吸い込まれそうだ。相変わらず僕は何に引っ張られているのだろうか。
ブラックホール大は魔力消費が大きいから、まだ一分も発動していられない。
ダンジョンの壁も大分抉れたけど、蟻の姿が見えなくなったところでブラックホールを解除した。
一気に引っ張られる力がなくなって、二人して尻もちをつく。全力疾走していたから足がガクガクだ。
「ハア、やった、か……?」
「いけたか?」
広くなった通路を見通してみると、キラーアントの姿はなさそうだ。
しかし、虫系モンスターの発生は冒険者ギルドに報告義務がある。それになにより、僕はほぼ魔力切れだし、ネニトスの疲労も濃いから、ここは一旦地上に戻るべきだろう。
「帰還の環を……」
そう言おうとした瞬間、あの音が聞こえた。
砂嵐のような、大量の蟻が蠢く音。ヒュッと悲鳴のような息は、僕から出たのかネニトスから出たのかはわからない。
キラーアントは攻撃力の高いモンスターではないため、生き物が近付くと動きを止めて様子を見るという習性があります。攻撃をしてくれば身を潜めてやり過ごすか逃げます。相手に逃げる素振りがあれば獲物と認識して追いかけます。
主人公たちはキラーアントに遭遇した時に一番してはいけない行動を全て行った悪い例です。絶対に真似しないでください。
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