130.めっちゃ喋るじゃん
領主はそんな空気をものともせずに話を続けた。鋼鉄の精神力の持ち主なのか、ただ周りが見えていないだけなのかわからない。
「三年前にアルージュの街で見かけてからすっかり夢中になり、エドワードも志し同じくして密かに支援していたのだが、あ、勿論ただの一応援者としてだ、妻のいる身で他の女性に手を出そうなどと不埒な感情は抱いていない、純粋な憧れでもって芸術家の支援の一環として応援していたのだ、だから二年前に活動休止を知った時は本当に辛く……」
めっちゃ喋るじゃん。世界は違えどオタクの早口で捲し立てる行動は共通らしい。周囲の呆れ顔も見えていないらしい。
「そんなシレーネたんがこの街にやって来たという情報を掴んでは、いてもたってもいられず、いやいや活動休止という本人の意思を権力で曲げようなどとは考えていないぞ、ただただ、一目でも見たい、あわよくば言葉を交わせればと、いやそれは支援するものとして行き過ぎているな、私はただ陰ながら美を信奉する者として、もう一度シレーネたんを拝みたかっただけなのだ」
言い方がすごく気持ち悪いけど、要約すると、夢中になっていたアイドルが地元にいるらしいと聞いて暴走してしまったらしい。
その当のシレーネたんは、俯いて顔を覆い、殺してくれてと言わんばかりだ。
ついでに、服装はダルダルの私服で足元はサンダル、化粧もしていなければ髪も寝起きのままみたいなボサボサだ。ちょっとゴミ出しにでも出たところを拉致られたらしい。
そんなご本人様を目の前にしても、領主の憧れは変わらないらしい。これは筋金入りだ。
「こんなことに巻き込んでしまい、シレーネた、シレーネ嬢には迷惑をかけたこと謝罪しよう、あの二人の行いも全く避難できる立場ではないな、いや、あいつらも私を見てこの道に踏み込んだせいで、あのような行き過ぎた真似をしたのかもしれない……」
今頃言い繕ったって、シレーネたんと呼んでいたことはもう誤魔化せない。クソ真面目な顔が余計にキショい。
どうやら、この領主がダリオやベルナルドに推し活という趣味を教えたようだ。話の流れからすると、エドワードというのがバスラー商会の会長で、ベルナルドの父も、こちらもアイドルの追っかけをしてたようだ。
領主が息子を変なことに巻き込んで怪我させた、という小領主の読みも、あながち間違いではなかった。
しかし、想定の遥か斜め上を行く真相に、小領主は困惑の表情をして、顔色も非常に悪い。
「真実を伝えずすまなかったアウグスト、おまえにどのように説明するべきか悩んでいた、彼女についても誤解なんだ、開放してやれ」
「お、おお……」
小領主はぎこちなく振り返って騎士たちを見る。騎士たちもおどおどと顔を見合わせてから、どんな言葉をかければいいのかわからないまま、黙って道を開けるようにシレーネを解放した。
このまま一人で帰るのもなんだから、シレーネは両手で顔を覆ったまま僕らの方へ歩いてきた。
「……あの、えっと、おかえり」
「……あー、えー、無事でなにより」
「くっ、殺せ……っ」
僕らもどう声をかければいいのかわからず、そっと肩を叩くに止めておいた。シレーネはずっと顔を隠して俯くばかりで、今にも舌を噛みそうな雰囲気だ。嚙まないだろうけどね。こんな下らないことで死ぬたまじゃない。
その時、入り口から慌てた様子の見張りが駆け込んできた。執事も早足で対応している。半ば忘れていたけど、そう言えば暴動が起きるって話しだったんだ。
「緑の旗を掲げた集団が近付いてきております」
「何だって?! どういうことだ!!」
執事のお報せにいち早く声を上げたのは小領主の方、どういうことだと言っても、あんたの行動が引き金になったんだけどな。
「どういうことだい?!」
「えーと、説明よりまず逃げた方が?」
「いや、迂闊に外に出る方が危険かも」
僕らもワタワタする。特にシレーネなんてわけもわからず拉致られて、隠したい過去を暴露されて、キモオタの存在も知ってしまい、そのうえでの暴動騒ぎだ。わけわかんないよね。僕も。
しかし、本性がどうであろうと領主は領主、冷静な声で場を制した。
「落ち着け、問題はない、同志の拉致など切っ掛けに過ぎなかったのだから」
「同志の、拉致……!」
小領主も自体がなんとなくわかったようだ。みるみる顔を青くするけど、領主様が落ち着けと言っているから騒ぎ立てることもできない。
「あれを」
領主様のこの一言だけで、執事さんはものすごい早足で奥へ行き、何かを持ってすぐさま戻ってきた。
「事態が収まってからお帰りいただけ」
別の使用人にそれだけ支持して、領主様は堂々と外へ出ていく。執事さんも金ぴかの細長い箱を捧げ持って後に続く。
あの大きさとあの持ち方からすると、王家からの書状だろうか。
それから、小領主は流石に玄関ホールに放置するわけにいかないのか、奥に案内されていってしまった。
僕らはどうすりゃいいんだと途方に暮れていたら、使用人さんがガラガラと配膳台を押してやってきた。後ろには簡素なテーブルと椅子を持った人たちもいる。
「どうぞ」
「え、あ、ど、どうも」
その場でお茶会セットが用意されたので、僕らはおずおずと腰を下ろした。テーブルには温かいお茶だけでなくクッキーまで並べられている。
玄関ホールだけど、たぶん、いきなり来たパンピーどもとしては好待遇だと思う。
ネニトスは給仕の女性に微笑まれてテレテレしているけど、おまえの腹の音を聞かれて用意されたわけじゃないだろうから、変に照れるな。いつもの顔だけ見惚れられているだけだ。
僕らはおどおどとお茶を飲んでクッキーを食べて、あとは本当に何事もなく、裏口から帰されたのだった。
貴族の屋敷では、押しかけて来た冒険者なんて玄関で放置が普通ですが、今回は暴動を知らせた功労者なうえに、領主様がシレーネたんを丁重に扱えと指示したので、使用人さんたちが対応を悩んだ結果の玄関ホールお茶会になりました。普通は平時に玄関で茶など出しません。
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