128.アホのピタゴラスイッチかな?
ここは玄関ホールだけど、門から玄関まで結構な距離があったから、扉を閉めても聞こえてくる音というと、相当荒っぽい走らせ方をしているようだ。
暴動が起きるという情報のせいで、玄関ホールには緊張が走った。
「ぴえ」
「ぐえ」
後ろからマントをギュッと引っ張られる。背後のネニトスが変な声を上げて僕のマントに縋っている。僕は首が締まって変な声が出た。
「離して」
「だってぇ」
マントを引っ手繰るとネニトスから情けない声が漏れた。
「暴動が起きたら僕なんか盾にもならないから」
「一人で逃げるつもりだろ」
バレてた。
そりゃ、ここに大量の人が押し寄せてきたなら、僕は真っ先に影に潜って逃げる。残念ながら影の中には他の人は連れ込めない。ネニトスは自力で逃げてくれ。
そうはさせるかと、ネニトスがマントを掴んでくるけど、僕はマントの中の影から逃げられるのだ。マントを押さえられたって意味がないけど、首が締まるので離してほしい。
僕らがそんなみみっちい攻防を繰り返している中、だんだんと近付いてきた馬車の走る音は、扉の前で止まった。
暴動だというのなら、お行儀よくノックして入場許可なんて求めないだろう。
執事が様子を見に勝手口から外へ出た。すぐに戻ってきて領主に耳打ちする。
僕らどうすればいいの? と思っていたら、領主が返答する前に玄関の大きな扉が開かれた。
「ディートヘルム!! 今日こそは真相を明らかにしてもらうぞ!!」
ずかずかと無遠慮に押し入ってきたのは、これまた立派な格好の紳士だ。
「アウグスト様、しばしお待ちをと……」
引き止める執事を押し退けて、領主様の真正面に仁王立ちした。
その後ろから、ぞろぞろと揃いの制服の騎士が五人ほど入ってくる。その中にシレーネがいた。拘束こそされていないけど、囲まれているのは、守られているからというわけではなさそうだ。
バチッと目が合った。
なんであんたらがここに?! という表情だけど、僕らだって、なんでおまえがここに?! という顔をした。
シレーネを連れているということは、乱入してきた紳士は隣町の小領主だろう。確か、領主様の従兄弟だったはずだから、領主館に堂々と乗り込んでこられたのも頷ける。
そう言えば、つい最近、領主の従兄弟とかいう話しは他でも聞いた覚えがあるような……
僕らがおどおどと端に寄っている間に、領主様たちが口論を始めてしまった。
「アウグスト、あの件は説明したとおりだと何度も……」
「二人で遊びに出た先で不運にもペン先が刺さっただけだと!? たまたま、下町の、人目のない路地で、口論をしている時に、たまたま重傷を負った!? そんな下手な言い訳を誰が信じるものか!!」
ん? なんだかすごく覚えのある話しをしている。
「貴様がバスラー商会に頻繁に出入りしていることは知っているのだぞ!! あの事件の後も何度もバスラーを呼びつけているな!!」
「妻の妹婿と会って何が悪い、親戚の商会を贔屓にして何がおかしい」
領主の親戚筋の商会、これもすごく聞き覚えがある。
「とぼけても無駄だ、おまえの謀略の証拠は既に掴んでいるのだ!! それとも下っ端の工作員は切り捨てるか? 白状しろ!! 被害に遭った息子にまで口止めしおって!! 私の息子を何に巻き込んでいるんだ!!」
工作員として指さされたのはシレーネだった。
僕とネニトスが目を向けると、違う違うとシレーネは全力で首を横に振る。なんでここにいるのかさっぱりわからないという顔をしている。
でも、僕はわかってしまった。
この場で「アホらしいぃ~」と声に出さなかっただけ偉いと思う。
乱入してきたアウグストという紳士は、先日目撃した殺人未遂事件の被害者ダリオの父親なのだろう。
事件の加害者のベルナルドは、領主の妻の妹が嫁いだというバスラー商会の息子だった。
そして、この領主様、おそらくあの事件の真相について、当事者の親にもかなりぼやかして説明したのだろう。
そりゃそうだ。息子さんが推しアイドルの相違で友達に殺されかけましたよなんて、家の恥だ。下手な政争に巻き込まれるよりもショックな真実だ。当の刺された息子だって自主的に口を噤むだろう。
しかし、そんな配慮がおかしな勘違いを招いてしまった。
小領主様は、領主が後ろ暗い企みに息子を巻き込み、怪我をさせたと思い込んでいる。
そこで、何故か領主が密かに調べていたというシレーネの存在を知り、シレーネも領主の策謀に噛んでいると勘ぐったようだ。
つまり、アホな理由での刃傷沙汰を誤魔化そうとして、無暗に大きな疑いを産んでしまい、今に至るというわけだ。
更に、ついでに、シレーネが捕まったことで、同志が捕らえられたと勘違いした政治団体が、今まさに暴動を起こそうとしている。
アホのピタゴラスイッチかな? こんなことで紛争にでも発展したら、歴史の教科書に『阿呆の乱』なんて恥が刻まれそうだ。
僕が事の真相の馬鹿さ加減に絶望している間に、領主様と小領主の口論はにっちもさっちもいかなくなっていた。
「何を言っているんだ、工作員など雇った覚えはない」
「では何故この娘と接触を図ったんだ、何故真実を隠すのだ!!」
「か、隠してなど……」
「では真実を話せ! そこまで強情に隠すとは、まさか王族も関わるような陰謀が……?」
「え、いや、そんな大げさな……」
小領主の勢いに領主は二の句が継げない。
実際、隠し事があり、それが別に政治的にぜんぜん大したことない内容だから、取り繕い様もなくなっている。あと、従兄弟があまりに大真面目に勘ぐってくるから、なんかもう申し訳ないような顔になっている。
領地持ちの貴族様だと、親戚だろうともっと厳格に上下関係をはっきりさせている家が多いです。ここの領主様は結構ユルいです。
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