127.おまえの図体じゃ僕の後ろには隠れられない
館というか城というか砦だ。昔は本当に軍事基地だった建物を、そのまま今の領主が使っているらしい。
街で一番高く大きな建物だから、貴族街に入ったことないパンピーだって迷わず辿り着ける。
門がデカい。門番も立っている。門から屋敷までも遠い。
だが、立っている門番は二人だけ、こんな何もない日に屋敷の中に護衛がわんさかいるわけもない。暴動が起きればすぐに鎮圧は不可能だろう。
でも、門番がいるので僕らはビビる。
「ネニトスが行けよ、知り合いかもしれないし」
「知り合いじゃない、ヨナハンが行けよ、礼儀作法知ってるんだろ」
「貴族マナーなんて知らないよ、おまえが行け」
「いやおまえが行け」
おまえが行けよ、いやおまえが行けよ、というやり取りをしてから、結局、僕が前に押し出されて門番に近付いた。腕力に物言わせるのよくないと思う。
あからさまに怪しいやつを見る目を向けられる。僕はフードを被ったまま、足が震えないようにだけ気を付けて歩く。ネニトスは背中にくっ付くな押すな、おまえの図体じゃ僕の後ろには隠れられない。
「ギルマスからの言伝です、あと僕らの仲間を解放していただきたい、シレーネという女性がブルーム家の私兵に連れて行かれました」
挨拶とか作法とか知らないから、単刀直入に用件だけ伝える。門番相手ならそんな長々した挨拶はいらないだろう、たぶん。
門番は渡した紙切れを見てギョッとしてから、胡乱な眼で僕らをじろじろ見ていたけど、手紙にあるギルマスのサインは無視できなかったらしい。
「ここで待て」
門番の一人が中へ駆けて行った。
僕はもう半分仕事をやり切った感じで息を吐く。ネニトスも何もしてないくせに一仕事終えた感を出していてイラッとする。シレーネは今すぐは無理でも、そのうち開放されるんじゃないかな。
ここに長居しても暴動に巻き込まれるし、早めに返事貰って帰りたいなと思っていたら、さっきの門番がもっと偉そうな人を連れて戻ってきた。
「中へどうぞ」
「え、あ、はい」
門前で言伝だけして帰るつもりでいたから、まさか中に通されるとは思っていなかった。
本当に貴族のマナーなんてぜんぜん知らないんだけど、無駄口叩いただけで無礼討ちされそうで怖い。使用人だって、こういうところで働いている人はみんな下位貴族なんでしょ?
しかし、来いと言われて断るのも無礼に当たる。僕とネニトスは無言で顔を見合わせてから、おっかなビックリ屋敷の中へと踏み込んだ。
流石に奥までは案内されなかったけど、玄関ホールですら広くて立派だ。思ったよりキンキラキンじゃなかったけど、壁から階段から天井まで品が良くて見るからに高級で、いるだけで身が縮こまってしまう。どうせ玄関マットだって僕らの一月の生活費より高いんでしょ?
そこで小さくなって待っていたら、上の階から立派な格好の紳士がやって来た。
僕らを中へ通した男が恭しく前へ出て口を開いた。
「ウルヴィーリア領主、ディートヘルム・ウルヴァリス様である」
なんで領主様出てくんの???
僕の頭は疑問符でいっぱいだったけど、小心者の反射神経を発揮して、即座にフードをとりその場で片膝を付いた。ネニトスも戸惑いながら僕に倣う。
礼儀作法なんてぜんぜん知らないけど、この世界でも敬意や誠意を現す場面では膝を付くと言うから、間違ってはいないはずだ。冒険者は政治に関与しないのが公然のルールなのだから、下手に貴族社会のマナーに則ると逆に印象悪くなりそうだし。
「楽にしたまえ」
領主様の声を受けて、僕らは起立する。椅子を用意されたりはしないから、楽にすると言っても立ったままだ。有難い。お茶とか用意されたら緊張して吐く気がする。
「このギルドマスターからの伝言、根拠は?」
階段を下りてきた領主様は、あと五段くらい残して立ち止まった。平民と同じ高さに立たないとかルールあるのかな、知らんけど。
僕らは玄関の大きな扉の横に棒立ちだから結構距離がある。でもそれでいい。逃げられる距離があるというだけで小心者は安心するのである。
「僕が目撃しました、倉庫街の奥で緑の騎士団が集会をしており、同志が捕まったから領主館を襲撃すると言ってました」
「同志が捕まった?」
領主様が後ろにいた執事らしき人に目を向けるけど、きちっとしたお爺さんは無言で首を横に振る。そんな指示は出していないし、何の報告もないということらしい。
「その捕まった同志というのが、シレーネという女性だと」
「はい、僕らのパーティメンバーで、ブルーム家の馬車で連れて行かれたそうです」
そうだよな、とネニトスに目を向けると、こちらも無言で頷く。おまえは声を出したって構わないんだけど、ギルマスが言っていた無礼討ちにビビッて話すこともできないようだ。
「ですが、シレーネは政治などには関わっていません、ただアジュールの街から来たというだけで勘違いされているんです」
僕の言葉に、領主は一瞬目を伏せた。心当たりがあるような表情だ。やっぱり領主がシレーネのことを調べていたというのは本当らしいが、その理由が一番の謎だ。
「今すぐアウグストに確認を……」
領主様が指示を出そうとした時、外から馬のいななきが聞こえた。
主の前で片膝を付くのは正確に言うと騎士の作法です。下々の行動にいちいち目くじらを立てるのは貴族として狭量、という貴族的な暗黙ルールがあるので、とんでもなく態度が悪くない限り何も言われませんでした。
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