126.だってシレーネだし
とりあえず冒険者ギルドに走った。
もう夕方だから、冒険者ギルド本部にはそれほど人はいない。第一ダンジョンの方にある冒険者ギルド支部なら、この時間はダンジョン帰りの冒険者たちで賑わっているんだけど、本部は中心街から離れているせいで、日が暮れ始めるとひっそりとする。
そんなことはどうでもいい。今から大騒ぎするから人が少ないに越したことはない。
ギルド本部は、ギルマスのベンドレンドさんが難しい顔で座っているせいで、いつも以上に静まり返っていた。
「どういうことですか!!」
飛び込んだ僕らは開口一番にそう叫んだ。
「わからん!!」
ベンドレンドさんは力強く首を振った。
「ですよね!!」
僕も力強く頷いた。
先ほど政治団体の暴動宣言を見てしまった僕だって、シレーネが捕まった経緯は全くわからないのだ。突然、拉致の知らせだけ受けたギルマスもネニトスも、さっぱりわけがわからないだろう。
僕は今さっき見聞きしたことをベンドレンドさんに伝えた。
「じゃあ何か? シレーネはアルージュの街で暴動起こした連中の仲間だったってことか?」
ベンドレンドさんは憤慨したように叫んだけど、この人はいつも叫んでるか怒鳴っているみたいな喋り方だけど、表情は半信半疑だ。お髭で顔はほとんど見えないけど、まっさか~という雰囲気はわかる。だってシレーネだし。
「勘違いされているだけで、たぶん違います」
「あいつの隠し事は下らないことだって、ベンドレンドさんもわかってるでしょ」
「そうだな」
ベンドレンドさんはすんなり納得した。
これで納得されるのはシレーネも不本意だろうが、だいたい身から出た錆だ。
「ということは、勘違いで小領主が動いて、勘違いで緑の騎士団が動いて、勘違いで領主館が焼かれそうになってるってことか」
緑の騎士団とは南朝派の政治団体だそうだ。本当はもっとちゃんとした団体名があるそうだけど、例によって名前が長いから、旗の色からとって緑の騎士団と呼ばれている。
ちなみに、北朝派の政治団体は赤い同盟軍と呼ばれているそうだ。これも旗の色からとった呼び名だから、共産主義とかは関係ない。
僕は前世の記憶のせいで、ソバとかウドンとかタヌキとかキツネとかを連想してしまう。
そんなことはどうでもよく、どうせシレーネの裏は下らないことだろうに、その下らないことで街に火の手が上がろうとしている。
「おまえらは今すぐ領主館に走れ、襲撃はいつだって言ってた?」
「ハッキリとしたことは……」
そもそも時計なんてないから、何時に領主館集合なんて言えるわけがない。
だからこそ集団での行動は鈍くなるから、こういう緊急事態の時はむしろ助かる。前世なら、SNSで呼びかければ一瞬で拡散して、大量の人が集まって、収拾がつかなくなっていただろう。
「今から兵隊集めるとか、夜に紛れるとか言ってました」
僕は集会で聞こえた声を絞り出した。
集会場では、広い倉庫にぎゅうぎゅうに人が集まっていたように見えたけど、倉庫は倉庫だ。前世の巨大建築なんかと比べればこじんまりした建物だったから、たぶんあそこには四十人もいなかったはず。
彼らが今から知人友人に声をかけて集まったとして、早くても今夜、だいぶ晩い時間になるだろう。
「じゃあこれ持って領主に襲撃のこと伝えろ、仲間が捕まってんだ大義名分は充分だろ」
そう言って、ベンドレンドさんはその場で手紙を書く。緑の騎士団に暴動の気配あり、という走り書きだからメモ書き程度のものだが、ちゃんと冒険者ギルドの印章とギルマスのサインがある。領主館で門前払いはされないだろう。
「ギルマスは来ないんですか?」
ネニトスが既にビビっている。強化訓練のおかげで前よりもがっしりして冒険者らしくなったというのに、今は背中を丸めて情けない顔をして、しかも私服だから、街のパン屋の倅にしか見えない。
そんなことを思う僕だって、ダルダルですり切れた古着を着たひょろっちいチビだから、どっからどう見ても冒険者には見えない。装備を着けていなければただの田舎者だし、装備を着けていればチンピラに憧れる田舎者だ。
もちろん、僕だってビビっている。ネニトスがあからさまにビビり散らかしているから目立たないだけで、胃がキリキリ痛みだしそうなほど緊張している。前世だったらとっくに腹押さえて倒れてたね。今、胃が痛んでいないのは単に若さのおかげだ。
こんな僕らが行ったところで、たとえギルマスからの手紙を持っていても相手にされない可能性がある。
でも、ギルマスが出るってことは、冒険者ギルドが首を突っ込むってことだ。
「バッキャロオ!! 冒険者ギルドは政治に関与しない! この原則を守ってるから冒険者はどこへでも行けるんだろうが!!」
だからギルマスは動かないけど、街で暴動が起きたら商売あがったりだからそれは防ぎたい。そのために、仲間が埒られたという大義名分がある僕らを送り込むってことだ。
「何があっても後から助けてやるから、その場で無礼討ちされないようにだけ気を付けろ」
この世界にも無礼討ちあるのか。あるか、身分制社会だもんな。
「うええ礼儀とか知らないのに……」
「行こうネニトス」
ぼやくネニトスを引っ張って、僕は腹を決めてギルドを出た。いや僕だって一人で領主館乗り込む勇気はない。
転移門の最終の定期便で、僕は初めて貴族街へやって来た。
貴族街なんて一般庶民は用がなければ近づきもしない。なんせ、どの屋敷の前にも警備が立っていて、近づいただけで睨まれるのだ。
僕らが今いるのは、正確には貴族街に一番近い商店街だ。警備の厳重な貴族街の中に、誰でも利用できる転移門なんて置けないからね。
それでも、高級店ばかり並ぶこの街で一番綺麗な大通りと呼ばれる場所なんて、僕だけでなく、この街出身のネニトスだって歩いたことはないかもしれない。
「誰もいないな」
「夜だから、だと思いたいな」
僕は集会で何人かに顔を見られているから、念の為マントを着てきた。顔を隠すために深くフードを被るけど、この場では少しでも怪しい格好をしていると職質されそうだからハラハラする。
昼間は華やかな大通りも、この時間はどこも店を閉めている。下町と違って夜中に賑わう下世話な店なんぞもない。
「なあ、なあ、ここ本当に歩いていいんだよな? 許可証とかいらないよな?」
「僕が知るわけないだろ、ネニトスは来たことないの?」
「あるわけないだろ、貴族が下町のパン屋に配達頼むわけないじゃん」
「ナナトちゃんへの配達依頼とかなかったのか?」
「……」
「あったんかい」
「全部親父たちが断ってたよ」
僕らは静けさにビビッて先を急ぐ。こそこそ喋ってるだけで門番に睨まれるの恐すぎる。
貴族街だって、貴族の屋敷で働く平民もいるのだから、僕らみたいな見るからに平民のガキが歩いていてもいいんだけど、もう周囲の塀の高さや門の立派さにいちいちビビって、場違い感に逃げ出したくなる。
そんな、危険はないはずなのに、ダンジョンよりもハラハラドキドキする道のりを乗り越え、領主館へと辿り着いた。
別に平民だって貴族街を歩くのは問題ないです。門番さんたちも睨んでいるわけではなく、真面目に仕事をしているだけです。ビビっている二人が勝手にビビり散らかしているだけです。
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