119.うん、何回聞いても意味わかんね
僕があらぬ疑いで拘留されていたため、三日ぶりのダンジョン探索だ。
正式にパーティメンバーが三人になって初めての活動でもある。
とはいえ、場所はいつもの第一ダンジョン、今日も気合を入れて四階層まで来ていた。
「ハンババって、ミドルフッドと同種だって知ってた?」
「え、共通点二足歩行しかないじゃん」
「眉唾だろ」
どうでもいい話をしながら、僕らは今しがた倒したハンババを見下ろした。
今日はネニトスが囮になっている間に、僕が赤い煙玉をぶつけて、シレーネが止めを刺した。
僕のボールコントロールも様になってきている。赤い煙玉が使えなくて在庫が余っていたから、今後は積極的に使っていきたい。
三人だと中型モンスターは怪我無く討伐できる。
「えー月刊ダンジョンマスターに書いてあったのに」
「あんな怪し気なもん読んでるのかい」
「たまに有益な情報も載ってるんだぜ」
「たまにね、極たまに」
この世界、紙や印刷が結構ちゃんとしてて、新聞や雑誌も出回っているし、一般庶民でも気軽に書籍を手にできる。そうじゃなければ、町娘コンテストなんかにあれだけのビラは飛び交わないだろう。
でも、出版物に対する倫理観とか風紀の乱れとかを取り締まるような法整備は間に合ってないから、出鱈目な情報を書き立てる本や所謂カストリ雑誌なんかが少なくない。
ネニトスは割とそういう雑誌が好きみたいで、よく根拠の無さそうな謎情報を仕入れてきている。
僕も読み物としては面白いから読みはするけど、話半分で流し読みしてる。
そもそも、モンスターの分類とか真面目に体系的に調査している組織もなさそうだから、そこらの雑誌に載っているモンスター情報なんて八割以上がただの個人の感想だ。
ハンババはネニトスの魔法バッグに詰め込んで、もう少し奥へと進む。
「今日はこんぐらいでも良い気がするけど、今は早い時間に街歩きたくないんだよね」
「あー絡まれるもんなビラ配りに」
ルビウスの街は今、町娘コンテストが佳境につき非常に活気に満ちている。
僕は三歩歩くごとにビラを押し付けられ、ファンクラブの勧誘に会い、大通りではまともに前へ進めない状態になる。
「あんなもんに絡まれるのはヨナハンくらいだよ」
「押したら言うこと聞きそうな雰囲気あるもんなヨナハン」
進めないのは僕だけだったらしい。
確かに、前世から押しに弱い日本人ですけど、シレーネとネニトスは気が強いというより、人相が悪くて避けられていることを自覚するべきだ。
「二人は雰囲気悪過ぎるんだよ、町娘に私怨を向けるな」
「だぁって見てらんないんだよ! あれ! 昔の自分を見ているようで!!」
シレーネが頭を抱えて叫んだ。彼女の過去を知れば、そうなるのも頷けるけど、今まさに一生懸命アイドルしている子を睨んでいい理由にはならない。
「言ってあげたい……いつか後悔するよって、あの中の何人かは将来悔やむことになる……」
「いきなり知らん人にそんなこと言われても、困惑されるだけだって」
シレーネには睨んでいる気はなかったらしい。純粋に、先達としての心配だが、なんにせよ、今の若者にとっては余計なお世話だ。僕らも充分まだまだ若者ですけど。
その横でネニトスも頭を抱えていた。
「別にいいんだけど、好きでやってるならとやかく言うことじゃないってわかってるんだけど、居た堪れないんだよ」
「なんであんたが居た堪れないんだよ」
「あ」
口走ってからネニトスは口を押えたが遅すぎる。
ネニトスはまだナナトちゃんのことをシレーネに話していなかった。
わき腹を突いて睨んでやれば、微妙な表情のネニトスに首根っこを掴まれて端っこに連行された。ここはまだダンジョン内なので、こそこそ話をするにしてもあまり仲間と離れるわけにはいかない。
そもそも、ダンジョン内で、ダンジョンと関係ないこそこそ話をするべきではない。四階層くらいはそこまで危険がないとはいえ、油断してもいい場所ではないのだ。
それでも、シレーネはこちらに気を使ってくれた。
「三十秒は待ってやるよ」
ありがとうという気持ちを込めて手を合わせておく。ネニトスもシレーネに手を合わせているけど、これじゃあ最早こそこそ話になってないんだよね。
「早めに言っとけよ」
「いや、でも、もう終わったことだし……」
「おまえだけ隠し通すのはフェアじゃない気がする」
「殴られないかな?」
「今なら帰還の環使って逃げられるだろ」
「足止めしてくれる?」
「……できる限りは」
足止めできるとは言えないけど、ネニトスは腹を括った表情でシレーネに向き合った。いつでも逃亡できる距離を保っているところが情けない。
「シレーネ、実は……」
「なんだよ改まって、ゴミ溜め込み過ぎてアパート追い出されたのと、女にモテ過ぎてパーティ追い出された以外かい?」
「……うん、それだけじゃなくて」
「他にもあんのかよ」
並べ立てるとネニトスは下らない厄ネタの宝庫みたいなやつだ。
デカい図体でもじもじして、隠れられないのに僕の後ろに隠れようとするネニトスを、シレーネの前に押しやって僕も距離を取っておく。正直言って、僕は本当に関係ない話しなのだ。なのに、どうして幼児の仲直りを仲介する保育士みたいな立場になっているのか。
「うん……実は……ナナトちゃんは俺なんだ!」
意を決して叫ぶように告白したネニトス。うん、何回聞いても意味わかんね。
「……はあ?」
シレーネも俄かには信じがたいだろう。何言ってんだコイツという顔になっている。
ネニトスは今にも「ハハハ冗談冗談」と言い出しそうなほど怖気づいているけど、こんな半端な状況で放置させるわけにはいかない。
べしっと背中を叩いてやれば、しぶしぶ説明を続けた。けど、どう説明しても阿呆みたいな話だ。
「だから、ナナトちゃんは俺なんだよ」
「ナナトちゃんの本名はオレ?」
「聞き覚えのあるやり取りだな」
またオレオレ詐欺のようなやり取りになりそうだ。僕も仕方なく補足してやる。
「信じたくないだろうけど、事実だから、ネニトスの家族にも話しは聞いてる、ネニトスの妄言じゃない」
シレーネはまだ信じがたいという顔で目を見開いているけど、ネニトスと僕を交互に見やってから、観念したらしい。
「はああぁあああ?!」
人生を変えるほど憧れたアイドルが、実は男の娘で、今目の前にいるゴツイ男だという事実に、シレーネは頭を抱えて崩れ落ち、なかった。お、踏み止まった。腐っても冒険者、ダンジョン内で不用意に膝を付いたりはしない。
「ネニトス……」
シレーネの地を這うような低い声が聞こえた。
僕と初めて会った時の声と同じだ。こいつ本当に美少女冒険者やってたんだろうか? 元山姥ですって言われた方が納得できる。
「一発殴らせろ」
「ホラこうなる?!」
ネニトスは当初の予定通り帰還の環で即座に消えた。しかし、行き先はダンジョンの出入り口近くと決まっている。
すぐさまシレーネも追いかけようとしたが、僕は約束通り足止めを試みた。
「まあまあ、隠してたのは悪かったけど、ナナトちゃんには悪気があったわけじゃ……」
「あんたも連座で殴る」
「僕は関係ありません」
僕は即諦めた。最初からブチギレたシレーネの足止めができるなんて思ってない。そもそもネニトスが撒いた種と、シレーネの過去の暴走が招いた悲劇だ。僕には全く関係ない。
シレーネも帰還の環を使った。僕も一人残っても仕方ないから帰還の環で帰る。
「待てゴラァネニトス!!!」
「悪かったって! 俺悪くないけど!」
「ただじゃ許せない! あんたは悪くないけど!」
走っていく仲間たちの姿が見える。傍から見れば痴情の縺れだ。周囲の視線は迷惑そうだし、面白そうだし、またかよって顔してるやつもいる。
僕は心底他人のフリして帰りたかったけど、今日の分の収穫はシレーネとネニトスが持っている。落ち着いたところで買取のために二人を連れ戻す必要があるから、しょうがなく追いかけっこをする二人を追いかけた。
この世界では、低級のゴースト系モンスターが見せる幻覚は眉毛に唾をつけると見破れることから、嘘情報や偽情報などのことを眉唾と言います。
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