116.真正面から喧嘩を売る度胸はない
結果として、刺された男は一命をとりとめたらしい。刺した男も捕まったらしい。
そして、僕は独房に入っていた。
なんで?
殺人未遂事件の目撃者で、犯人確保に貢献して、被害者救助にも貢献して、なんで豚箱で一夜を明かしてるんだ? 褒められることしかしてなくない? 褒められるどころか強面のオッサンに尋問されてるのなんで?
独房というか、正確に言うとただの留置所らしいんだけど、石のブロック剥き出しの壁と床に鉄格子、トイレ代わりのツボとベッド代わりのただの藁の山、どっからどう見ても独房でしかない。
「だから、同じ町娘のファンクラブに入っているのに、別の町娘の集会に行ったとかで揉めてて」
鉄格子の向こうにいる強面のオジサンに、昨日から同じ説明を何度も繰り返していてうんざりだ。
「他に政治的な話しはしていなかったか」
「ぜんぜんしてませんでした」
強面のオジサンが苛立たし気に指でトントン額を叩いているけど、苛つきたいのは僕の方だ。恐いから背中を丸めるしかできないけど。
「金銭的な話しは?」
「まったくなかったですってば、女の子の話ししかしてなかったですぅ~」
どうやら揉めていた二人は本当に貴族の家柄だったらしい。そんな高貴な方々が、街の片隅で推しアイドルの相違で殺し合うとか、そりゃ信じ難いですよね。だからって僕を疑わないでほしい。
もう昨日話したことの繰り返しだから、書記官っぽい人の手も動いていない。僕に同情的な目を向けているけど、同情するなら釈放してくれ。
「どうしてあの場にいたんだ」
「だからたまたまですよ」
「たまたまあの場で魔法の練習をしていたと」
「そうです」
周囲の目撃情報を集められたら、僕が結構な時間あの路地裏にいたこともバレるから、早めに魔法についても自分からゲロっておいた。
確かに、僕の魔法は怪しげだし、諜報向きだけど、それだけで政治的な犯罪を疑われても困る。
というか、取り調べている人たちも、原因があまりに下らないから、いっそ政治的な話しが出てきてくれた方がまだ納得できるのだろう。
だが、残念ながら、この事件には下らない裏しかない。早く諦めて現実を受け入れてほしい。むしろ、面倒くさい裏がなかったのだから、世の平和を喜べばいい。怪我人は出たけど死人は出ていないわけだし。
強面のオジサンたちは困惑したまま出ていって、僕は今日も冷たい床で寝ることを覚悟したが、その後すぐ、見張りの人が牢を開けてくれた。
なんか知らんけど釈放らしい。
入れられた時もそうだったけど、釈放の時もなんの説明もなく、放り出されるように外へ出された。
誤逮捕について謝罪くらいしろや、と僕を連れ出した見張りの人が中に戻ってから中指を立てておいた。真正面から喧嘩を売る度胸はない。
「おう、面倒ごとに首突っ込みやがって、帰るぞ!」
外で迎えてくれたのは、見慣れたミディアムフット似のドワーフだった。
「ベンドレンドさ~~~ん!」
ギルマスが話しを付けてくれたらしい。
僕は本気で泣きながら冒険者ギルドに戻った。御髭の小さなオッサンが天使に見える日が来るとは思わなかった。
ギルドに入ったら、なんかあちこちから視線を感じたし、ひそひそ声もあちこちから聞こえた。僕のことがどんなふうに伝わったか知らないけど、元より厄ネタ、実際は何にも悪いことしてないんだから、前科もんと勘違いされたって最早屁でもない。
一晩だけでも、冷たい独房生活が僕の精神を鍛えてくれたらしい。強面のオジサンたちの尋問と比べれば、ひそひそ話しされるくらいなんだ。噂話にされるのなんて悲しいかな慣れっこなんだよ。
二日ぶりに顔を洗い着替えてから、食事を用意してもらえたけど、場所はギルマス執務室だった。
屋根と壁はまだ修理中だが、今は人払いされているそこに、ネニトスとシレーネがいた。
「ヨナハン! いきなり逮捕されたって聞いて驚いたぞ」
「何やらかしたんだい?!」
「僕は何もしてないよ! 喧嘩の末の刃傷沙汰を目撃しただけ」
僕は食事をしながら二人に経緯を説明した。いつもの食堂のパンとスープだけど、温かいものが食べられるだけで有難い。留置所では硬いパン一個と水しか出なかった。取り調べするならかつ丼くらい用意しろ。
「く、くだらなぁ……」
「あ、アホくさぁ……」
説明を聞き終えると、ネニトスもシレーネも色んな意味で唖然としていた。
そんな感想しか出てこないよね、僕も同じ気持ち。
「だが、それでどうしてヨナハンが捕まったんだ?」
「ヨナハンなんもしてないじゃないかい」
「本当に僕もそう思う」
首を傾げるヨナハンとシレーネに、僕は大きく頷いた。いやマジで。独房に入れられて取り調べされた意味が分からない。ただの日帰り事情聴取でよかったよね?
そこで、僕らのことを見守っていたベンドレンドさんが声を上げた。
「そりゃ、いざこざ起こしてたアホ二人が、領主の親戚だったからだな」
領主の親戚なのにアホって呼んじゃったよ。アホだけど。
ベンドレンドさんの話しだと、刺された方のダリオと呼ばれた男は、貴族の嫡男だという。ここらの領主の従兄弟の息子で、小さいながら領地も任されているお家柄だそうだ。あんな阿呆が領地経営しているなんて不安しかない。
もう一人の刺した方のベルナルドと呼ばれた男は、貴族籍ではないもののバスラー商会という大きな商家の息子で、やっぱり領主の親戚筋に当たるらしい。あんな阿呆が大店の主人になるかもしれないなんて不安しかない。
そんな二人の刃傷沙汰だったため、もっとちゃんとした裏、もしくは別の真犯人がいるのではないかと疑われていたそうだ。
その真犯人候補が僕だったってわけ。
「すごい迷惑」
「災難だったな」
「ご愁傷様」
項垂れる僕に、ネニトスとシレーネが肩を叩いてくれるけど、ベンドレンドさんの話しはまだ終わりじゃない。
「それだけじゃなくてな、シレーネ、おまえさんと関わってたから、ヨナハンは余計に疑われたんだ」
「へ? あたしぃ?」
シレーネは素っ頓狂な声を上げる。僕とネニトスも顔を見合わせた。
一応、国で共通の刑法はありますが、逮捕や取り調べの方法は地元領主の裁量に任されているところが大きいです。
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