115.いや、もう、ほんと、え? なにこれ?
生きていれば、誰にだって人に言えない秘密の一つや二つあって当然だ。
それこそ、異世界で生きていた前世の記憶があるなんて、一生誰にも話せない秘密だと思っている。
でも、もしも、僕の秘密で仲間が窮地に陥るというのならば、僕だって異常者の誹りを受ける覚悟で秘密を暴露するだろう。
ただ、それは今じゃない。
今、ギルマスの執務室で僕と、ネニトスと、ベントレントさんに囲まれて、暴露を迫られているのはシレーネだ。
彼女にどんな過去があるのか、それを知らないままでは、僕らは真の仲間にはなれない。
頑なに口を引き結んでいたシレーネが、非常に不本意そうな顔で僕らを睨んだ。
「このことは、誰にも言うんじゃないよ」
* * * * *
三人でダンジョンに潜った翌日、今日は休養日として、また明日三人でダンジョンに潜る約束をした。
たぶん、今日は、いや今日も、シレーネは二日酔いで苦しんでいるだろう。昨晩も阿呆みたいな飲み方をして、べろんべろんになって帰っていた。
どれだけべろんべろんの千鳥足になっても、一人で帰れるのがシレーネの長所ではあるけれど、そもそもべろんべろんになるのを控えてほしい。一応、世間的には、あれでも妙齢の女性なのだから。女性じゃなくても、社会人としてアホな飲み方はするべきじゃない。
僕もネニトスも昨日は結構飲んだけど、万全の態勢でダンジョンに潜ってみようと帰り道に話したから、おそらくシレーネも今日は酒は控えてくれるだろう。どれだけ酔っても記憶を飛ばさないのもシレーネの特技だ。だからこそ、よく酒での失態を思い出して悶絶している。
結局、反省会も話し合いもできなかったけど、なあなあでまた三人で行動することになったから、たぶんシレーネともパーティを組むというのは決定と思って良さそうだ。
謎は多いし、気になる点もいくつかあるけど、悪いやつではなさそうだ。実力も僕らよりはマシだ。パーティのレベルにマイナスになることはないだろう。
そんなことを考えながら僕は影に潜る。
休養日だとて鍛錬を怠るわけにはいかないのだ。
なーんて格好つけてみたけど、正直に言えば、これ以外にすることがないんだ。
僕も昨日は飲み過ぎたから、朝寝坊して、ギルドには碌な依頼は残っていなかったし、他にやっておくこともないし、連日遊びに行く金はない。必需品を買う金すらちょっと足りないくらいだ。
ネニトスは久しぶりに実家に顔出すと言って出ていったし、OBの寄り合い所になっていた訓練場は今日は誰もいなかった。
だから、僕は一人寂しく魔法の練習だ。
前は一人が当たり前だったけど、最近は講師や一緒に練習する仲間が増えたから、ぼっちがより寂しく思える。
場所は寮の近くの路地裏だ。
訓練場でダークネスとシャドウウォークの合わせ技を練習するのでもよかったが、あそこは広いだけで障害物が少ない。でも、森まで行くのは面倒臭かったから、程よく影があって、程よく障害物もあって、人通りがほぼない薄暗い路地でシャドウウォークを使っていた。
夜にこういうところでコソ錬をしていると、気味が悪いし、なんか悪いことしている気分にもなったけど、昼間なら何も気にすることはない。影から顔を出すときに虫やネズミがいないか注意するくらいだ。
それほど治安が悪いところでもないから、変な輩に絡まれる心配はないし、街には魔物除けの結界があるから下手なゴーストも出てこない。
ただ寂れているだけの路地裏だ。
とは言え、絶対に問題ないとは言えないんだなこれが。
「貴様どういうつもりだ?!」
「それは私の台詞だ!!」
今まさに僕が影に潜っている頭上で、男二人が取っ組み合いの喧嘩をしていた。
人目を憚って路地裏に来て喧嘩しているのだから、一応はちゃんとした大人なのだろう。まさか影の中に人がいるなんて思いもしないだろうし、それはこんなところでコソ錬していた僕の方が悪い。
しかし、喧嘩の理由がちょっと酷い。
「リンド魔道具店のリュディアーヌ嬢一筋と言っていたではないか!! それを貴様、他の娘の集会に参加するとはなんという裏切り!!」
「裏切ってなどいない!! 私の心にはリュディアーヌ嬢しかいない!! ただ付き合いというものがある……」
「付き合いなどでリュディアーヌ嬢を裏切るとは、恥を知れ!!」
「私に二心はない!! これしきでリンド魔道具店愛の会の結束を疑うなど、おまえこそ恥を知れ!!」
真剣な顔で怒鳴り合っているのがこれだ。アイドルのファン同士の諍いらしい。
いや、もう、ほんと、え? なにこれ?
二人ともかっちりした服装をしているから、御立派なご職業の方々だろう。片方なんて豪華な刺繍のある上等なジャケットを着ているから、御貴族様の可能性まである。
そんな二人が、こんなところで、他のアイドルに浮気したとかしてないとかで、殴り合いまで始めている。世も末だ。
ちょっとゴミの陰で顔出して息継ぎ。情報収集の練習になるかなと思って、この場に留まった僕がアホだった。
見つからないうちに離れよう、と路地の角まで泳いだ時、後ろで今までにない呻き声が聞こえた。
振り返ると、片方の男の腕がもう片方の男の胸当たりにめり込んでた。
あれは痛い、と思ったけど、胸のあたりから赤いものが流れ落ちるのを見て、ただ殴られたのではないと気が付いた。
「べ、ベルナルド、貴様……」
「お、おおおおまえが、おまえが悪い、ダリオ……」
片腕を上げていた男が一歩下がると、その手は真っ赤に染まっていた。
もう一人の男は胸を押さえてその場に膝を付いた。
僕は息も忘れて影の中で固まっていたけど、一旦、路地裏を出て、ゴミ箱の影から地上に出た。
いや、いやいやいや、あれはない。流石にやり過ぎだ。
どちらも「こんなことになるとは?!」みたいな顔してたけど、人目のないとこで取っ組み合いの喧嘩を始めたら、最悪の事態まで想定するべきだ。
いや、でも、どうすればいい? 凶器はたぶんペンかなんかだったけど、胸はヤバいだろう。傷が浅くても死ぬ可能性はある。
でも、貴族の諍いに首を突っ込むのは面倒だし、だからって放置して後から目撃者とバレるのはもっと面倒だし、そんなことよりも、保身に走って死人が出ていいのか? 駄目だろ!!
僕はもう一度路地裏に顔を向けた。
一人は動けないとして、もう一人も呆然とまだその場に留まっている。
「ひ、人殺しだ――!!」
さも今ここに来ましたよ、という態で大声を出した。
手を血で染めた男はギョッとして、反射的に逃げ出したけど、あんな血塗れで表通りに出たら目撃者がもっと増えるだけだ。
「誰か助けてくれ!! 怪我人がいるぞ!!」
立ち止まった人たちに呼びかけると、どやどやと人が集まってくる。離れたところで怒鳴り声も聞こえるから、犯人を追いかけた人もいるだろう。
僕は言い出しっぺになってしまったから、刺された男の介抱に向かったけど、回復薬もないのにどうすればいいのかさっぱりわからなかった。
この街の治安は王国の中でも平均的、犯罪者はそこそこいるけど大きな犯罪は起きない程度にまあまあ良い方です。
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