111.うえ気持ち悪……
黒板を引っ掻いているような、下手くそなやつが弾くヴァイオリンのような、鳥肌の立つ汚い高音だ。
「うえぇ、これは……」
「ハーピーの鳴き声だ」
ハーピーと言えば、人間の女性の上半身に鳥の下半身を持つ飛行型モンスターとして有名だけど、ここに生息するハーピーは人間の女性の頭を持つ人面鳥だ。
顔は割と美人らしいけど、頭だけだから気味が悪くて魅了の効果はないし、擬態にも使えない。だから、どうして頭だけ人間の女性なのかは謎だ。
「鳴いてるってことは交戦中か」
「じゃあ、既にどっかのパーティの得物かも」
「ハーピー狙うやつなんているか?」
ハーピーは巣の傍を通ると鳴き声を上げて襲ってくる。それ以外は静かにしているというから、鳴き声を上げているということは、既に何かと交戦しているということだ。
しかし、ハーピー本体はあまり高値にならないから、遭遇しても追い払うだけでスルーする冒険者も多い。
ただ、ハーピーの卵があれば結構な値段で売れる。ならば、他の冒険者の得物を横取りするわけにもいかない。
「他のモンスターと争っている可能性もある、とりあえず見に行こう」
ハーピーが騒いでいるということは、そこに何かがいるということだが、それは何も人間とは限らない。ハーピーはとにかく巣に近づくもの全てに威嚇するのだ。
「モンスターから漁夫の利を得るのか……なんか卑怯な感じ」
「ぎょふ、のり?」
「あー……他人が争いあってる隙に利益をかすめ盗ること」
「いんじゃね? 冒険者から奪うんじゃないんだし」
「モンスター同士が争って弱ってるところを狙うのは立派な戦法だよ」
ネニトスとシレーネがそう言うなら、一番経験値の低い僕に異論はない。考えてみれば、モンスター相手なら罠だって武器だって使うのだから、正々堂々戦うことの方が少なかった。
暗い通路の向こうに鳥らしき影が見えてきたが、その他の人影もモンスターの影も見えない。しかし、数匹のハーピーが地面に落ちていたから、戦闘があったのは確かだ。
予想通り、ハーピー狙いではない冒険者がこの場を通り過ぎていったのだろう。
ハーピーたちは僕らの接近に気が付いて、再び背筋がゾワゾワするような鳴き声を発する。
「うえ気持ち悪……」
僕は初めて見るハーピーの実物にちょっと怯んだ。
おそらく頭は普通の人間の頭部と同じくらいの大きさだ。それが鷹くらいの大きさの鳥の身体に乗っているから、すごくバランスが悪い。遠目からは鳥が人の生首を咥えているようにも見える。
だが、モンスターだからバランスが悪くても何故か飛べるし、生首みたいな頭部は確かに生きていて、外敵に対して目をギョロギョロさせて警戒している。乱れた髪や異音を発する口も気味が悪くて、モンスターと言うより悪霊っぽい見た目だ。
これだから、ハーピーの肉は人気が無くて安い。知能は完全に鳥だし、味も普通の鶏肉と変わりないんだけど、人の顔が付いていたものと思うと、なんとなく食べる気が失せてしまう。
それに、モンスターの解体と見せかけた殺人や死体遺棄を防止するため、人間類似型モンスターの解体には行政への申告がいちいち必要だ。ハーピーはこれに該当する。
解体が面倒なうえに、肉以外は頭も骨も内臓も使い道はない。弱くて狩りやすいけど狩られない所以だ。もしかすると、気味の悪い頭を持つのは人間除けのためかもしれない。
唯一、卵だけは薬の材料になるらしい。
「どうする? ハーピーだけなら金にならないぞ?」
ネニトスも気味悪そうにハーピーを眺めている。十数個の人の頭がこっちを見ているような光景だ。地面に落ちているのはまるきり生首だし、絵面が完全にホラーなんだよな。
「でも、あの場所から動かないね」
「あ! 卵があるってことか」
僕もわかった。
ハーピーは巣に近付くものは問答無用で攻撃してくるけど、今目の前にいるハーピーたちは僕らの方に飛んでくる様子はない。
でも、こちらを凝視して酷く警戒している。すごく不気味だけど、それはともかく、つまりはその場に守りたいものがあるってことだ。
「巣があるとすれば、あの柱の上のとこだろうな」
ネニトスが指さした先には、確かに柱の上に隙間がある。隙間から二羽が顔を覗かせているし、他のハーピーもそこを中心として陣形をとっているように見える。
まだ守っているということは、巣は無傷なのだろう。
「僕ならあそこまで登れる、二人でハーピーを引き寄せて」
「わかった」
ネニトスはすぐに了解した。シレーネは不思議そうにしていたが、ハーピー程度なら致命傷を負うこともないからと、すぐに切り替えて剣を構えた。
「こっちだこっち!」
「かかってきな!」
二人がわざと大きな声を上げて武器を振る。それを見送ってから僕は影に潜った。
壁の影を伝って、一気に巣があると思われる柱の上まで登る。確かにそこにはゴミを寄せ集めたような巣があったけど、二匹が陣取っていて卵の有無はわからない。
もしかして雛だったらどうしよう。ハーピーの雛がどんなものかわからないけど、このゴミの中に人間の胎児みたいなのがいたら、ちょっとトラウマになりそうだ。
一旦、近くの影から顔だけ出して息継ぎ。影の中で卵回収用の麻袋を構えるけど、なんにしろ、あの二匹を避けないことにはどうにもできない。
死角から攻撃してみるか。でも二匹を仕留められたとしても、他のハーピーが巣に集まってくるかもしれない。
そう思っていたら、ネニトスがウィンドカッターを放った。それは接近してきたハーピー目掛けて撃ったのが外れただけだったが、奇跡的に巣から顔を出していた二匹の目の前を通り過ぎた。
驚いて二匹が巣から飛び立つ。その下には卵が五つもあった。
この隙を逃さず、巣ごと掬い取るように麻袋の中へ収めて影の中へ引っ張り込む。
振り返ったハーピーの驚愕の表情がちょっと怖かったけど、影の中ならぜんぜん平気、アッカンベーしてから僕は影の中を泳いで地上へ戻った。
このダンジョンに生息するハーピーは頭だけ人間ですが、生息場所によっては身体も人だったりします。人部分が多くても知能は鳥です。
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