108.うん、軽い。
女神様、白状します。
前世で中学二年生真っ只中に、封印されし左手ごっこを一人でこっそりしてましたが、本当は一人じゃなかったです。いつの間にかいた姉にバッチリ見られて、「ださ」って言われました。トラウマです。
でも、断じて、人に見せるような趣味はありません。
これ見よがしに包帯とか眼帯とか付けて外に出たことはないし、学校で「俺は慣れ合う気はない」とか言う勇気はなかったです。格好付けよりも友達が欲しかったです。
強いて言うなら、中学で初めて自分で服を買った時、大人っぽさを求めて茶色のテーラードジャケットなんぞを買って「お爺ちゃんっぽい」と言われたことがあります。あれも今思えば中二病でした。トラウマです。
何が言いたいかと言うと、僕は己の黒歴史を忘れないということだ。
最近、人前で黒革のグローブとベストを付けるのに慣れてきたというか、強化訓練の間ずっと着てたせいで、もう吹っ切れた感じがある。
講師の皆さんのお手伝いするときも、古着の上から黒革のぴちぴちベストとグローブスタイルだったから、だってそれしか着るものがなかったから、僕はすっかりちょっと変な恰好してるやつと認識されている。
だがしかし、これは黒歴史を乗り越えられたというより、ただただ気にするのが面倒臭くなってきているだけのような気がする。この似合っていない恰好に慣れていく自分に危機感がある。今まさに新たな黒歴史を生み出しているような気がしないでもない。
だから、僕はこの日常に抵抗する。
ダンジョンアイテムは、ないと戦闘力が下がるから仕方なく、本当にもうしょうがなく使うけれども、僕はこのデザインには納得していない。抵抗し続ける。
神様に告解してでも、これだけは、これからも忘れないようにしたいと思う。
「随分と熱心ですねぇ」
「エルンさん、おはようございます」
教会の女神像の前で一人懺悔していた僕の後ろに、いつの間にかエルンさんがいた。
チャラいけど一応は司祭だから教会で遭遇しても別に不思議ではない。本当に早朝と言える時間だけど、エルんさんはきっちりキャソックに身を包んでいるから、態度がチャラいだけで仕事はちゃんとしているのだろう。
「別に熱心でもないです、この女神様の名前も知らないし」
「まあ、そんなもんだよね」
エルンさんは何故だかそのまま僕の隣のベンチに腰を下ろした。仕事はちゃんとしていると思ったけど、もしかするとサボりにきたのだろうか。
「……教会の方がそんなこと言っていいんですか?」
「いいんじゃない、この街には熱心な宗教家はいませんし、神の名前など金にならないことをいちいち覚える人もいないでしょう、教会関係者だって、神への祈りは重要ですが、それだけじゃ食ってけないので教会は治療院も兼ねているのです」
「ぶっちゃけますね」
「なんら悪いことはしてませんから、健康健全に生きることは神に与えられた命を持つ者の義務、生きるためには金がいる、ならば金を稼ぐ行為は神の教えに背くことではありません」
エルンさんの言い分は理解できるけど、要約すると守銭奴なんだよな。
でも、エルンさんの言う通り、この国はそこまで宗教には熱心ではなかった。
いや、なんか大昔には教会がすごい権力を持ってたり、金儲けなんて卑しい行為は神の教えに反するとか言われていた時代もあるらしい。知らんけど。
今の時代は、国教と定められている宗教があり、国の行事では宗教的な作法が重んじられるけど、一般庶民まできっちり信仰しろなんていうほど宗教に熱心ではない。
だから、僕の生まれた村が特別信仰心が薄かったわけじゃなく、庶民は神様の名前もうろ覚えと言うのが珍しくない。結婚や葬式のやり方だって地域によって異なる。
貴族だったら国の行事に出席することもあるから、一般教養として神学は学ぶそうだが、それでもせいぜいが月一で教会にお祈りに来る程度の信仰心だという。
しかし、ここにいるのはチャラくても司祭なので、神様のことを知らないはずもない。
「このお方は罪と許しの女神様ですよ」
僕の目の前にある大きな石像を見上げて言う。奇しくも僕はピッタリな女神さまに懺悔していたらしい。別に罪ってほどじゃないけど。
「罪と許しが同じ女神様なんですか」
「罪を暴くのと許しを与えるの、同じ方がやれば効率良いでしょう」
「効率て」
「神は遍く命を見守るのですよ、一人一人裁判なんてやってられないんで、素直に自ら懺悔するなら即許すってスタンスなんですよ」
うん、軽い。
よく言えば親しみやすい、悪く言えば軽薄、でも僕はものすごく親しみやす過ぎる神様を知っているので、この国の宗教も納得できる。
そうだった。この世界はあの軽いノリの爺ちゃん神様の、思い付き異世界転生企画に乗った神様がいる世界だった。きっと主神は軽いノリの、よく言えば大変親しみやすい神様なのだろう。
「で、そんな女神様に許しを請うようなことしたんですか?」
「してませんよ、たまたま目に入ったから祈ってただけです」
ちょっとぎくりとしてしまったけど、僕は別に法に触れるようなことを懺悔してたわけじゃないのだ。過去の知られたくないあれこれを思い出していたから、ギクッとしちゃっただけだ。
こういう時は視線を逸らすと怪しまれる、とわかっているのに、自然と僕の視線は泳いでエルンさんから逃げてしまう。ポーカーフェイスのやり方誰か教えてくれ。
でも、エルンさんも本気で僕を怪しんでいたわけではないようだ。
「そうだよね、ヨナハン君が悪さするとしても、せいぜいお母さんをクソババアと呼んだとかですよね」
滅茶苦茶侮られているところはイラッとするけど、絶妙に言い当てられているから反論もできない。
でも、母をクソババアなんて呼んだことはな、あったわ。今世では畑の手伝いを言い渡されて「うっせークソババア」って言ったことあったわ。即ぶっ叩かれて畑に放り出されたけど。
前世では反抗期らしい反抗期もなかったので、高校に入る頃に「お母さん」から「おふくろ」へ切り替えようとして、間違えて「おふくさん」って呼んじゃって笑われて、切り替え断念したことはある。
反論できずにいたらエルンさんにケラケラ笑われた。
宗教については当分関係ないので気にしないでください。
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