105.便利に使われるのは構わないけどね
「それにしても、あんたらは蟻駆除でほとんど見かけないね、訓練ばっかなのかい?」
「いや仕事もしてるけど」
「最近は専ら講師の人たちから直接仕事貰ってるから」
「む、なんだいそれ、ズルい、あたしにも仕事回しな、あ、季節限定メニューなんてある」
年がら年中同じメニュー表しかない食堂で、季節限定メニューなんて珍しい。と思ったけど、たぶん季節柄ではなく、第一ダンジョン閉鎖のせいで市場に出回っている食材が変わったから、他所の街から仕入れた食材を季節限定メニューとして出しているのだろう。
シレーネはよっぽど蟻駆除に飽きているらしい。ズルいと言われても、僕らも半ば押し付けられて手伝っている仕事も多い。
「ヌムヌムの香草焼きって何? えーでも、仕事っつっても、畑の手伝いとか、荷運びとか」
「家の屋根掃除とかな、ヌムヌムはカタツムリみたいなモンスターだな」
「見た目はカタツムリだけど食べたら豚肉に近い、あんたら何でも屋か? すんませーんヌムヌム焼きとジモ包み蒸し、あとイモ酒追加」
「そうなんだよ、あの人たち僕らのこと便利な孫くらいに思ってるよな」
「依頼料も子供のお小遣いに毛が生えた程度だし、冒険者としての成績には反映しないし、ジモってなに?」
「大きい葉野菜だね、何を包んでるかは……わからない」
「あたしパス」
別に仕事回すとは言ってないけど、頼む前にパスされるのもそれはそれでモヤッとする。ジモ包み蒸しには大きなハンバーグみたいなものが入っていた。美味しいけど、なんの肉かはわからなかった。
便利に使われるのは構わないけどね。おかげさまでルビウスの地理に少しは詳しくなった。冒険者辞める時にたくさん伝手があった方がいいし。
問題は、みなさん結構な高齢だから、僕が冒険者を辞めるまで生きていてくれるかだ。
「シレーネの方は? 第一ダンジョン通ってんだろ?」
「ああ、初級ダンジョンも森も混んでるし、第三ダンジョンには入れないからね」
「ヌムヌムの香草焼きとイモ酒の組み合わせうまっ」
「あ~~酒が進む~~」
「……パンに挟みたい」
僕もついつい酒を追加してしまった。ネニトスだけは酒ではなくパンを欲していたので頼んでやる。なんとなく、酒の席でもりもり飯食ってるやつは子供っぽい、という風潮もよくないと思う。今は昼飯だし。
そういえば、シレーネは僕らよりベテランだけど、何故かE級止まりだった。普通に真面目に依頼を受けているのに、何でランクが上がらないんだろう。
「やることは毎日蟻を焼いたり虫除け撒いたり、あとはたまに外に出てくるキラーアントを踏んづけるだけだね」
それは確かに飽きる。冒険者らしくはないけど、割と多彩な雑用を押し付けられている僕らの方が、まだ楽しいくらいだ。
死骸の焼き場はダンジョンから少し離れたところにあるから、キラーアントの駆除は殺虫剤か踏み潰すしかない。
この世界の殺虫剤にも可燃性の物質が混ざっている。それを噴霧器で撒いているのだから、同じところで火なんか使えない。ダンジョン内及び周辺は火気厳禁だ。
大量の虫相手なら火魔法で一気に焼き尽くすのが一番手っ取り早いけど、殺虫剤の充満しているダンジョン内で火魔法なんかぶちかましたら大事故間違いなしだ。
シレーネはE級だからダンジョン内には入れない。D級以上の冒険者が、キラーアントの死骸をパンパンに詰めた袋を外に放り出すから、それを仮設の焼却炉まで運ぶ仕事をしているという。
臭いし暑いし単調だし、依頼料以外の臨時収入も見込めない非常に詰まらないお仕事だ。
「でも、こんな仕事ももうすぐ終わるよ、女王蟻はもう討伐したっていうからね」
「え? そうなの? まだかかるかと思ってた、あ、パンにも合うなヌムヌム」
「だろ」
「たぶんもういないはずだ、今は残りを殲滅しているから、あと五日くらいで第一ダンジョンは開放されるさ、あたしにもパンよこしな」
「じゃあ丁度良いな、もうすぐ俺たちも訓練終了だから」
「久しぶりにダンジョンに潜れるな、ネニトス、酒飲まないなら僕が飲むよ」
「いや飲めるし」
「ぜんぜん飲んでないじゃん、飲み物なしでこのパンは喉詰まるって、他の物頼みなさい」
「じゃあ……タリジュースくださーい」
「ガキかよ」
「うるせー」
「タリってなに」
タリは植物型のモンスターで、ピンク色の木の実をつけるらしい。皮はピンクで柔らかくて果肉は白くて甘くてジューシーな木の実。桃じゃん。
あ、そうだ。
「なあシレーネ、僕らとパーティ組まないか?」
「は?」
シレーネはしばらくポカンとしてから、ちょっとも考え込まずにみるみる眉間にしわが寄っていく。
「やだよ、あんたらみたいな雑魚」
「強化訓練受けたから腕は上がったんだぜ、たぶん」
今までが雑魚だったことは否定できない。上達したというのも、実戦で試してないから言い切ることはできない。ネニトスの情けない反論は、シレーネの答えを覆させる効力は皆無だ。
バッサリ断られたのはなかなか応えるけど、泣いて逃げている姿も見られているので仕方がない。
「いやでもね、本当に強化訓練で戦闘力も上がったから、この前みたいな情けない姿はもう見せない」
「どれだけ鍛えても、ダンジョンに虫除け忘れて入るポカは治らないだろ」
「うぐ、御尤も……」
「その節は本当に助かりました」
反論できない。初心者講習で教わる冒険者の必須装備にも虫除けは入っていた。
だがしかし、ネニトスが反論した。
「でも、ルビウスの冒険者で虫除け常備してるやつそんないなかったと思う」
今は知らんけど、と言う通り、キラーアントの大発生が起きる前まで、ルビウスの冒険者たちの中に虫除け玉なんて持ち歩いている人はいなかっただろう。武器屋や道具屋でも、一応は置いてあったけど埃を被っていた。
「え? そうなのかい?」
「まあ、第三ダンジョンなら虫系モンスターが多いから持つ人もいるだろうけど、大型が多いから、大発生するような虫系モンスターはあんまりいないそうだ」
「初級ダンジョンには攻撃性の低いダンジョンコガネムシしかいないし、第一ダンジョンも虫系が多くなるのは四階層以下だよな」
「……道理で、大発生してから慌てて虫除けを量産し始めたわけだ」
シレーネの話しだと、アルージュの街の近郊には虫系モンスターばかりが出る蟲ダンジョンがあるという。そこで定期的に虫の大発生も起きるから、虫除けや殺虫剤はどこでも常備しているのだそうだ。
「ほら、だから僕らが特別ポカしたわけじゃないんだって」
「そうそう、キラーアントの群に気付かずに踏み込んだだけだな」
「……それもキラーアントの大発生とか、この街で起きたなんて聞いたことなかったから」
ネニトスは余計なことを言うな。本当に勧誘する気あるのか。僕は隣の足をドスドス踏みつけながら言い訳する。
「だからさ、きっとシレーネにも悪くない話だと思う、いや悪くない話しにするから」
「俺らもそんなガツガツ頑張るタイプじゃないから、ソロで潜りたいときはソロでやってもらっていいし」
「う~ん、そ~だね~」
僕らの説得にシレーネはちょっとは心が動いてきたようだ。
あ、違う、これ泥酔一歩手前なだけだ。あんまり話し聞いてない。
「まあ、いきなりもアレだから、今度一緒にダンジョン行ってみようよ、それから考えてくれればいいし」
ここで返事を貰ったら、まるで僕らが女性を酔わせて無理矢理同意を得たみたいになる。
ぜんぜんそんな気はないのに変な噂が立つのも嫌だ。こちらから誘っておいて悪いけど、僕らの方がこの酔っ払いと本当にやっていけるのか今更ながら不安にもなってきた。
「ま、お試しならいいかもね~、イモ酒追加! 大ジョッキで!」
シレーネの返事に僕らは胸を撫でおろす。今日も彼女は泥酔確定のようなので、やっぱりちょっと不安は残った。
「まだ飲むのかよ~、すんませんそれ水に変えてください、こっそり」
「ハッ、このタリジュースでイモ酒割ったら美味しい、絶対」
「ヨナハンお前もか~」
この世界の食品流通はかなりダンジョンに依存しているので、近所のダンジョンに出ないモンスターは食べたことないのが普通です。
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