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第一話 始まり

長いことお待たせして申し訳ありません。第一章の解決編とも言える第二章はノア目線の物語となります。

 それは、今からそう遠くない昔の話。

 とある王国の聡明な吸血鬼の王とその后である優しく美しい魔女の女王の間に子ができた。

 后の腹は膨れていき、国中がその健やかな成長を願った。


 巫女《シビュラ》によって一つの神託が、王に下されるまでは。

 美しい金の髪と金の瞳をもつ少女は国中から憎まれた。王夫妻は苦悩し、幸せな生活は壊れていった。


 なぜ自分が憎まれるのか。

 なぜ自分が愛されないのか。

 いつしか、少女は自分自身を憎むようになった。



「お待ちください、陛下」

「お考え直しを」

 自分に向けられるいかにも『忠義心』といった顔に辟易する。目を見れば皆考えているのは自分自身のことばかり。今この瞬間にもどうやって私を自分の操り人形にしようかと頭をせわしく働かせているのだろう。

 だが、今回ばかりは彼らの行動は理解できないでもない。何しろ私は

「我、ハイマの女王(ヘゲモネ)ノアの名において宣言する。これより我は人間の地に赴き、しばらく戻らぬ」と言ったのだから。はっきりと王が宣言した以上は臣下である彼らはその対応に追われることになる。知らぬ存ぜぬが通らない状況を私によって作り出されてしまったのだから。

「しばらくとは?」自らの思考を断つように響いた声に顔を上げると執政官(アルコン)のうちの筆頭アルコン(アルコンエポニュオス)が金色の瞳を油断なく光らせてこちらを見ていた。ハイマでは現在古代ギリシャ時代に行われていた王制から貴族制、僭主制をへた民主制のシステムを基本にそれぞれを組み合わせた独自の体制をしいていた。頂点には王が君臨し、その補佐の役割を担う執政官《アルコン》が九人選ばれる。執政官《アルコン》は王の選任で王の治世が続く間が任期となっている。執政官《アルコン》は平民五名と貴族四名で構成されていて筆頭アルコンはアルコン・エポニュオスと呼ばれるのだ。

 咳払いの音で、再び思考の海に沈んでいた私は引き戻された。

「しばらくといえばしばらくだろう」私はつれなく返した。

「まあ、こちらには『暦』もないですしね」筆頭アルコンは諦めたように言った。

「お前、『暦』を知っているのか」

「はい。知識の上ですが『悪魔』殿から伺ったことがございます。人間はそのようなものを使うと」

「なら、話が早い。三年でどうだ」

「承りました。『悪魔』殿に尋ねて三年を測ることにいたしましょう」

「待たれよ。このアレオパゴス会議の議長であるわしを差し置いて話を進められるのは、いくら筆頭アルコン(アルコンエポニュオス)殿といっても勝手が過ぎるというもの。大体『暦』とはなんなのだ。わしは人間の歴史には疎いのでね」二十代前半くらいの見た目にそぐわない老人地味た話し方の男が割って入る。アレオパゴス会議というのは、任期を終えた筆頭アルコン(アルコンエポニュオス)が終身制で構成する三人組の組織だ。前王やそれより前の王の治世の時代に筆頭アルコン(アルコンエポニュオス)を務めたものがご意見番の役割を果たすのだ。

「『暦』は人間が農耕のために用いるものです。農耕を行わない『地下(ハイマ)』では使われなくなって久しいとか。私たち『地下(ハイマ)』の住民には理解が難しいようです。かくいう私も理解には至っておりません。年、というのは『暦』の単位だということですが」

「ほう。では三単位分だけ陛下は人間の地に向かわれたいと」

「ああ、そうだ」私は短く答えた。

「よろしいのではないでしょうか。陛下は特殊なお生まれですから」筆頭アルコンは含みを待たせた言い方をした。

「しかし、ユークリッド殿」ご意見番が筆頭アルコンに言う。

「良いではありませんか、アルギュロス様。それともアレオパゴス会議の長たるあなたが王のご意向に背かれると?」ユークリッドが尋ねると、アルギュロスは忌々しげに美しい顔を歪めた。このユークリッドという男、異例の若さで筆頭アルコン(アルコンエポニュオス)を務めるだけあって、頭の中が自己愛でいっぱいの他の貴族と違いなかなかに切れる。

「承りました。ですが、陛下。お戻りになったあかつきにはしっかりと政務に励んでいただきますぞ」

「ああ。では、これまで」そう言って、玉座の間に一人きりになるとたった一人の自分付きの執事を呼んだ。

「アリスティッド」

「はい、ノア様」呼ばれた男がゆっくりと歩いてくる。

「あの『悪魔』に頼んで、向こうの名前を手に入れてくれ。なるべくありふれたものがいい」

「かしこまりました。手配しておきます」そう言うとアリスティッドはまたどこかへ消えていった。アリスティッドは不思議だ。ノアの父である前王(ネストル)に命じられたといって、年もほとんど変わらないのに仕えてくれている。それに、この国で私を陛下と呼ばないのはアリスティッドくらいだ。私はそんなことを考えながらアリスティッドの消えたほうをぼんやりと眺めていた。


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