第三十五話 すれ違い
次の日。俺らは再び『扉』へ向かった。朔の遺灰を入れて作ったアッシュペンダントを服の上から握りしめる。
「行こう」俺はそっとつぶやいて、『扉』に血を捧げた。
目を開ければいいかげん見慣れてきた紫の森が広がっている。ふっと現れる『悪魔』。
「さあ、ご案内いたします」こころなしか、その声はいつもより優しく感じた。
「頼む」
次の瞬間、現れたのは前に『地下』に来たときに来たあの玉座がある部屋だった。あの時と同じように玉座には女王が座っている。だが、今回はこの前に比べて威圧感がない。
「あの」俺は遠慮気味に口を開いた。
「申せ」女王は短く言った。
「雪 乃亜なんだよな?」
「……うん」女はゆっくりとうなずいた。
「今までごめん。本当にごめん」自分の彼女に対する仕打ちが悔やまれる。
「大丈夫。変かもしれないけどね、君を見ると落ち着けたんだ」悪いことをしたように、言いづらそうに雪は言った。
「え?」予想外の言葉だった。
「君はいつでも自分を持ってた。それが私にとってものすごく輝いて見えてたんだ」
「そっか」
「憎しみってさ」少し考えるように上を見た後、彼女は出し抜けに言った。
「そんなにすぐに消えるものじゃないと思うの」俺は目の前の女が何を言いたいのか分からず黙っていた。
「だからね……私を憎んでいいよ」
「は?」意味が分からない。気持ちの整理がつかないのは確かにその通りだし、この女に対して罪悪感と共に複雑な感情がまだあるのは認める。だけどなんでだ? この女はどんなメリットがあるっていうんだ?
「フェリクス、お願い」
「はい」そう言うと『悪魔』は指を鳴らした。音と共に揺らめく水のようなものがスクリーンのようになって、大理石でできているらしい柱のようなものが多数並んだ光景が映る。
「あれは私の墓。毎年、ハイマの国民が作るの。早く女王が死にますように、って。女王が生まれると、『地下』のパワーバランスが乱れる。女王は厄災の象徴。私だって、同じ立場なら女王を憎む。たった一人のせいで自分の大切な人たちが危険にさらされるなんて許されないから。だからね、一人くらい私を憎む人が増えてもどうってことないの。私は子供を産み、育て、国を譲るまで死ねない。今、死ぬわけにいかない。でも、全ての役割を終えたとき君が望むなら私は君に殺されるよ」
ふざけるな。死を、軽んじるな。残された者の気持ちを考えろよ。少し前の自分なら飛びついていただろう。が、今は自分の生を否定し続けて死を望む奴なんて反吐が出そうだ。
「ふざけるな。お前は命の価値を理解していない。どんなに死にたかろうと勝手にすればいい。でも、その勝手に俺を巻き込むな」
「うん」吸血鬼の女王は苦しそうに顔を歪めてつぶやいた。




