第三十四話 変化
俺は気付いたら部屋にいた。どうやって帰ってきたのか。どれくらいの時間がたったのか。まったく記憶がない。そこには男もキメラたちもいた。
「名前、名前を聞いてもいいか?」久しぶりに出した声は低くしわがれ数十歳も老いたようだった。自分の声なのに他人の声のように聞こえた。
「ああ」少し目を見開いて、男はうなずいた。
「鈴木 紅だ。紅と呼んでくれ。大丈夫か?」
「……ああ」とりあえず俺はうなずいた。
「そうか」紅と名乗った男は疲れたように笑った。
「これ」俺はポーチからチップを取り出し、震える右手を左手で抑えて渡した。
「ありがとな。これは俺が見る。でも、いいのか? このことを公表したらお前たちはますます傷つくことになる」心配そうにのぞき込んでくる。
「……ああ。だが、公表するのはクローンのことだけだ。こいつらのことは公表しない。俺や……朔、よりももっと傷ついてまだ受け入れる心の準備ができていないはずだから」喉がかさついてひりつく。
「そうだな。そうしよう」紅さんは俺の頭を優しく撫でた。
それから順調に事実が公表され、研究所は取り潰しになり研究に関わった政治家も多数辞職した、
らしい。
その間俺は部屋に引きこもっていた。立ち上がる勇気はもう俺には残っていなかった。時折住所を突き止めたらしい輩が玄関越しに罵声を浴びせてきたがどうでもよかった。朔の死に比べたら、この世の全てがどうでもよかった。
ガチャガチャと鍵の開ける音がして紅さんが帰ってきた。その腕に抱かれた白い布に包まれた四角いモノと黒い細長いモノ。俺の見たくて見たくないものがそこに在った。紅さんは黙ってソレを俺の前に置いた。
俺は朔だったその二つを抱きしめた。兄であり、友人であり、共に戦う相棒であり、そして何よりも一番の理解者であった人の変わり果てた姿に情けなくも涙がこぼれて収まらない。水をほとんど口にしていない喉は声を出すことさえ許さず、口からは空気の抜けるような音が溢れだす。俺の腕にかぎづめがそっと触れる。反対の腕にはうろこが触れる。長い鼻が触れる。星空のような色の顔色は分からないが、その表情は明らかに俺を心配していた。見上げると紅さんは悲しそうに微笑んでいた。朔と同じように。
また、この顔を人にさせるのか。
俺は、朔がいなくなっても何も変わっていないじゃないか。この部屋の全ての人が俺を心配してくれている。このままでは、駄目だ。少し冷静になれた。朔は俺がこんな風に塞ぐことを望んではいないはずだ。
「明日、『地下』に行ってくる」紅さんが渡してくれた水を飲み、そう言った。
「え?」
「言いたいことが、言わなきゃいけないがあるんだ」
「そうか。気を付けて行ってくるんだよ」
「ああ」俺はうなずいた。
「俺……も……行く」星空模様の男が言う。他の三人もうなずいた。
「わかった」




