第二十九話 紅
「僕らの兄弟はたくさんいたんだ。でも、正常に成長できたのは僕と了だけ。残りは、残りは……」顔を歪め、苦しそうな顔をした。
「……キメラに、されたんだな?」俺は了の代わりに答えた。話を聞いているうちに悲しみだとか絶望だとかが少し薄れ、怒りがふつふつと湧いてきた。研究所に、そして気付かずにいた俺自身に。俺は、朔や他のキメラにされた俺の兄弟が苦しんでいるうちに一番楽に暮らしていたのだ。
ぬるま湯にいたのはどっちだ、いつだか姉崎に向けた言葉を思い出す。
「そう。彼らがもう一度ひどい目にあっていると気づいてすぐ、僕らがいつも飲む毒の薬を麻薬の薬にすり替えられた。僕は弱い、現実を受け入れられなかったんだ。薬にあっという間に取りつかれた。その間に僕の腕はこれに変わっていた」淡々とそう言い、朔は自分の左腕を見下ろした。
「次に目覚めたとき、僕は僕らのオリジナルである紅さんに会いに行った。僕のこと、君のこと、キメラのこと、研究所の全てを話した。紅さんは今、研究所の戦力である僕らとキメラがいないこの隙を狙って研究所に潜り込んでる。研究所に残っているキメラたちを救い出し、全てを白日のもとに晒すためだ。彼も自分の家で僕らより厳しい訓練は一応受けているみたいだけど、一人じゃいくら何でも無茶だ。このままでは、捕まるのも時間の問題だ。お願い、紅さんを助けたいんだ」朔が両の手で縋りつくように俺の腕をつかむ。黒く鈍く光る朔の片手は痛いほど冷たかった。
「君がキメラのこと、君自身のことを一生知らないでいるなら僕は一人で助けに行くつもりだった。でも、『扉』に向かう森の中で聞こえたんだ。君の叫びがね。君も真実を知ってしまったと分かった。だから、僕はお願いに来たんだ。お願い、了。僕と一緒に戻ろう。僕は紅さんを救いたい」
「……わかった」俺は朔の震える肩をきつく抱きしめた。俺の、俺らの存在が明るみに出れば俺は苦しむことになる。それでも、いい。
俺はどこまでも広がる薄暗い平野の先に見えるはずのない研究所を浮かべ、にらみつけた。




