第十五話 契約
『悪魔』が立ち上がりガラスに触れると、ガラスの箱ごと最初の森に移動していた。
「どういうつもりだ」『悪魔』の手によってガラスが消えるなり、俺は憤慨して言った。
「私は好きに、と申しましたまで。協力するとは一言も申し上げておりません」俺が黙りこむと、代わりに姉崎が噛みつく。
「ノアを、ノアをどうするつもり?」
「どう、とは?」にこやかに笑いながら質問を返してくる。
「ノアをあのまんま放置するのかって言ってんの!」
「まさか。最弱の魔族の『最後の切り札』なんていう面白いものを放っておくわけがない。いつまで陛下をノアなどという人間の少女に重ねるのです?」クククと不気味な笑い声をたてながら言う。
「じゃあ、ノアじゃなくてもいいからあの女の子を傷つけないで」
「ほう。それは私と契約を結ぶということですか?」
「契約?」
「『悪魔』に頼みごとをするときは、その代償を支払うという契約をするものですよ。さあ、いかがいたします?」
「なら、足りるかわからないけど死んだら私の魂をあげる。それでも足りないって言うなら、私の……左腕をあげる。右腕と両脚は困るけど、それも死ぬときにあげる。だから……、お願い」涙を流して姉崎が哀願する。
「これが涙……」『悪魔』は興味深そうな顔をすると、手袋をはめた手で姉崎の頬にそっと触れる。
「え?」予想外のことに姉崎がかすれた声を漏らした。
「あれ、止まりましたね。あなたは本当に見ていて飽きない」『悪魔』が笑みを浮かべる。
「笑った!」
「次は笑顔ですか。本当に忙しい人だ。それにしても失礼ですね。私はずっと笑っていましたよ?」
「あれは嘘っぽかった。今みたいにしてればいいのに」
「仕方ない。契約を結びましょう。ただしその代償は、あなたが私のものになることと、月に一度私に会って私の退屈しのぎをすることです」呆れるようにため息をついた後、『悪魔』が言う。
「ほんと!?」
「ええ、では」『悪魔』が姉崎の手をとって手の甲に唇を寄せると、肌のうえに一瞬ツタのようなあざが浮かび、消えた。契約成立です、と『悪魔』はつぶやいた。
「帰るぞ」俺は血で『扉』を開くと、来たときように姉崎の手をつかみ飛び込んだ。




