第十四話 祈り
「きゃあっ」姉崎が悲鳴を上げる。
扉の方を見ると、『悪魔』が立っていた。
乱入者に対し、女王が表情一つ変えずに何かを言った。ガラスに阻まれて会話の内容は聞きとれない。
今度は、乱入者のほうが何か言う。
何度か会話が交わされた後、唐突に女吸血鬼は唇を嚙みしめた。赤く、煌めく血が一筋唇から滴り落ちると、地面に付く前にその動きを止め、巻き戻しのように傷に吸い込まれていった。傷はもう跡すら残っていない。こんなのチートだろ。こっちは触れたらアウトなのに、向こうはすぐに傷が治るなんて。銀も平気な様子だし。ぶつぶつと心の中で文句を垂れる。
いつのまにか話が終わったらしい。『悪魔』は邪悪なまでの笑顔を浮かべ、またしても虚空に溶けて消えていった。
乱入者が消えると、女王がガラスの箱に近づいてくる。見れば見るほど、そっくりだ。
「ノア! 開けて!」姉崎が叫ぶ。聞こえているのかいないのかは定かではないが、言いたいことは伝わったらしく女吸血鬼は首を横に振った。
「なんで……」姉崎が悲痛な声で呟く。女吸血鬼は姉崎を、次いで俺を見た。そして何か決意するように、口を引き結んだ。
女王が手のひらを下に向け、下から上にゆっくり動かすとその動きに連動するように長方形の物体が現れた。その物体は祭壇のようにも見える。
次に女王が両手を祭壇らしき物体の上にかざすといつの間にかその手には短剣と杯が握られている。杯をそこに置き、口を何度も何度も動かした後、手に持っていた短剣で自らの左腕に切りつける。血が戻りそうになるたびに同じことを繰り返し、杯の中にある程度の血がたまると短剣を置き、うつむいていた顔を上げ口を動かし始めた。
今度はさっきと違い、時折口を動かすのをやめる。それはまるで目に見えない誰かと会話しているようだった。
唐突に張りつめていた表情がほころんだ。両手で杯を持つ。
そして思い出したようにこちらを見ると、さっきとそう変わらない速度で口を動かした。
―ごめん―
その瞬間、杯の中身が沸騰したようにぼこぼこと泡立った。杯のそこから出てきたらしい二匹のヘビが腕ごと杯に巻き付いていく。
女王は杯に口をつけ、中身を飲み干した。二匹のヘビが既に胴体を覆い首に巻き付こうとしたその時、金色のまばゆい光が彼女を包み込みひと際輝いた。暗闇に目が慣れきっていた俺は目が開けていられなかった。
光が消え、俺の目が再び暗闇に慣れると女王が倒れている。
相手が戦闘不能なら好都合だ。そう考えた俺がガラスを叩き割ろうと手刀を切るようにして腕を振り上げる。手がガラスに触れようかという時、ガラスが金属へと変化する。すんでのところで俺は動きを止めた。瞬間、金属が元のガラスに戻る。
再び視界が開けると女王の傍らにしゃがみ込む『悪魔』の姿があった。




