「介錯」
「立花さんとおっしゃいましたね」
弘明は赤子を伴ってやってきた八神一行を病室に残し、長身の立花を廊下へ誘った。
「どうやら僕は行かなきゃならないようです……」
微かに青ざめた顔で、それでいて確かな決意に頬を上気させた少年の表情に立花は唾を呑んで頷く。
「解るのか……」
眼を見張り尋ねる立花に弘明は明白に頷く。
「何故と聞かれても説明は出来ませんが……」
言って廊下の端、エレベーターに視線を向ける弘明の肩を立花は掴んだ。
「行ってどうするんだ?何をしようって言うんだ」
縋るように立花は目の前の少年に尋ねる。
「解りません……只……」
一拍置いた弘明は大きく首を廻して立花を振り向く。
「僕たちは居合わせてしまいました」
弘明の言葉に立花は脳天を打たれる衝撃を味わう。
(なんにだ?何に居合わせたと言うんだ)
「僕たちは巻き込まれてしまいました」
あくまでも淡々と、それが当然のことで有るかのように。
弘明は年上の立花に向かって諭すように言い置く。
少年の言葉を聞きながら、立花の脳裏ではこれまでのあれこれが渦巻く。
研究室で生態学の基礎に関するレポートを纏めていたところに声が掛かって。
興味深そうな案件だと引き受けた今回の仕事。
地方の大学での研究に飽き足らず、都心の大学院に進んだ立花。
(確かに大学の研究は物足りなかったさ)
立花は自問自答する。
(だからってこんなテーマを欲していた訳じゃ無い)
「立花さん……」
意識が彷徨う立花に構わず、今は何を成すべきかを悟った弘明は。
迷子を愛おしむ大人の様な目で立花に語り掛けた。
「僕たちが行ったあと」
(行ったあと?……何処へ?……僕たち?……)
立花の脳裏で瀑布が立てるような轟音が鳴り響く。
「後を任せられるのはあなた方ではないかと思えるんです」
(この少年は何を言ってるんだ。何を根拠に言っている!)
立花の理性は、なんとかつじつまの合う答えを欲して全速力で脳裏を駆け巡る。
「残念ですが、ゆっくりしている暇は有りません。」
肩を掴む立花の手を優しく引き剥がした弘明は、立花が生まれてこのかた見たことも無い、慈しみに溢れた笑顔を立花に向けた。
「後の事、よろしくお願いします」
まるでこれから向かう惨劇を、つゆほども感じさせぬ弘明の笑顔に。
立花は身動き一つとれぬまま弘明の背中を見送る事しか出来なかった。




