惨劇
「あそこです!」
放水車上部の放水ハッチからサーチライトを操作して霧の行方を追っていた砲手が車内に向かって叫ぶ。
「高校の校庭付近に向かって霧が流れ込んでいきます!」
砲手のただならぬ物言いに車内の隊員達の緊張も高まる。
「速度を落として後方の車列と単縦陣を作れ」
散開すれば各個撃破されると危険を感じた車長が支持を出す。
通信兵のアナウンスに各車から返答が届く。
じりじりと進み始めた放水車が校庭に侵入を始めると陸自隊員達の目に異様な光景が映し出される。
霧が何かに振り払われていく。
校庭中央にそびえる様に佇む銀の巨竜、飛び交う無数の黒い翼。
咄嗟に放水部隊の隊長が叫ぶ。
「各車!対象を囲んで攻撃開始!」
嫌という程訓練を積んできた陸自隊員達の行動に遅延は無い。
だがこの場合この機敏さが彼らの寿命を縮める結果となってしまったのは哀しい現実だ。
ライトに照らされた蠢く霧の翼に夥しい放水が襲い掛かると、暴れる翼が却って竜に牙を剥いてしまったのだろう、銀龍摩耶の咢が前にも増して激しく振られた。
「各車躊躇わず放水を…」マイクを口に当てた隊長の眼前、霧に水を浴びせていた隣の車両が飛んできた。
激しく揺れた車両の上部、放水ハッチに立っていた隊員の腰から下が隊長の目の前にずり落ちて来た。上半身は何処にいったのか見当たらない。
「竜です!竜が放水車を跳ね飛ばしています!」
隊長は自分の顔が固まるのを感じた。
相手が霧ならば戦い様は有った。そのための放水車なのだ。
だが眼前の巨竜は紛れもない暴力。どうやって戦えというのか。
哀しいかな、変貌を遂げて竜化の進む摩耶の意識は、複雑怪奇な人のそれから、単純明快な獣のそれへと純化を遂げようとしていた。
太一!
太一!
痛い!
嫌い!
会いたい!
行きたい!
太一!
太一!
何処!
ここに来て!
あたしに触って!
愛して!
噛んで!
太一!
太一!
摩耶の強すぎる情念は今は只善悪の垣根を越えて咆哮する。
「太一、待ってて、あたしも直ぐにいくから」
人としての理性が押しやられた摩耶の情動は目に入る異物を敵味方の区別なく排除しようとする。
きりの無い翼の怪物から確実に排除可能な放水車へと
哀しいかな今や研ぎ澄まされた摩耶の深すぎる愛情は、慈しみを剥ぎ取られ只激烈なだけの暴虐と化して霧と戦う自衛隊員達の乗る放水車へと咢を突き立てる。




