償い
「あの」
与えられたコットンのシャツに袖を通した弘明は女医に尋ねる。
「僕が連れて来たあの女は?」
少年の問いかけの意味が一瞬理解できず、女性医官は少年を見返す。
「子供も」
少年の言葉に医官は少年が女性の遺体と乳飲み子を伴ってきたことを思い出して答える。
「い…女の人は医療班が連れて行って、子供は看護婦さんが」
遺体と言いかけて女性医官はあの女性と目の前の少年の関りを慮って言葉を濁した。
そうか、取り敢えず明美は丁寧に扱ってくれるであろう人々の元へ送り届けられた。あの子も安全な場所に保護されたようだしと弘明は胸を撫でおろす。
「一応検査は終わったわ」
触診をした限りでは特にこれといった以上も認められず、正直拍子抜けした医官はベッドに腰掛ける少年の姿に見惚れる。
診察を始める前に居合わせた関係者達の会話から、目の前の少年が施設に勤める研究者たちが話に挙げていた特異能力者であろうことは推察がついてはいたが。
特に変わった所も見えない少年に、却って恐ろしさを感じさせられる。
「特に後の指示も私は聞いていないし、休みたいなら休憩所に案内させるけどどうする?」
倦怠感を覚えた弘明は女医に答えた。
「温かい物が欲しいんですが」
高揚していた気分が落ち着くにつれ、失われた冷えゆく明美の感触が思い起こされ弘明の心に冷たい風を吹かせている。
「休憩所に行けばホットスープの類もあったはず、私も喉が渇いたし行きましょう」
無論女性医官の喉を乾かした原因はほかならぬ弘明だし、二人の欲するものはまるで違っているのだが。
陽も落ちて点々と配置されたテーブルが寧ろ寒々しさを感じさせるセンターコートの自販機前のテーブルに陣取り、弘明は手にしたコーンポタージュの缶を一気に煽る。
粘り気のあるポタージュの熱さが弘明の喉を焦がして弘明の寂莫感を慰める。
何故だろう、キッチンで決して立派とは言えない食器を並べ、出来合いの総菜を盛りつけたあのひと時が鮮明に蘇って弘明の瞼を熱くした。
あの髪は失われた。
あの匂いも失われた。
あの吐息も。
あの感触も。
向かいで弘明を見つめていた女性医官は、心の内までは見えないまでも、弘明の慟哭を感じていた。
事情など知る由も無いが、妙齢の女性の遺体と赤子を連れた少年。想像しようと思えばどんな想像も可能だが、目の前の少年の見せる慟哭は彼女の想像を許すレベルではない。
霧が現れて以来、常識を覆す事態にみな生中な事態には驚かなくはなっているが、女性医官も人、機械には徹せれず聞いてしまう。
「あの女性……」
「僕の初めての女性です」
弘明の簡潔な答えに女性医官は言葉が続かない。
「こんな事態が起きなければ、恐らく出逢う事も無かったろう女です」
返す言葉もなく、軽く顎で頷く女性医官に弘明は淡々と続ける。
「連れていた赤ん坊は彼女の子供です」
一拍置いて続ける。
「いや、もう今は僕の子供なのかな」
弘明の言葉の真意は伝わる訳も無いが、弘明の感傷だけは医官の女の部分に浸透した。




