事実
ひとしきり、八神と水橋はホワイトボードに、立花に言われるまま霧の出現がもたらした一連の出来事から思いつく単語を書き連ねてみた。
特に指示も無く、只出鱈目に書き込まれた文字群は大きなホワイトボードにまだらな文様を描き出していた。
こんな落書き同然の物から何が読み取れるというのか。
太いマーカーペンを手に席に戻った水橋はテーブル上にマーカーを立てて肘をついた両手を組み、顎を乗せる。
剃り残しの髭が手の甲に擦れて、眠り掛ける意識に目覚めを促す。
八神はまだボードの前に立ったままマーカーの尻をこめかみに充てて考え込んでいる。
八神の背中に遮られてボードの文字は断片的にしか見えないし、見えている文字群も暗澹たる気持ちを煽るばかりで立花が何を見せようとしているのか今の時点では水橋には杳として知れない。
立花はと言えばボードに向き合う水橋と八神を腕を組んで見守るばかりで何を言うでも無い。
いささか焦れながら八神の背中を見ていた水橋の耳にテーブル上の電話の呼び出し音ががなりたてる。
受話器を取り上げ何事か喋っていた水橋が声を荒げる。
「せんせい、落ち着いて話してくれませんか。子供が産まれたからなんだと」
一体誰と話しているのか、表情は明らかな混乱の様子を伝えている。
「立花君、八神さん、ひとまずこの件は保留した方が言い様ですよ」
受話器を置いた水橋がほんのわずかの間に憔悴した表情を二人に向ける。
怪訝な表情を向ける二人に水橋は告げる。
「病院の医師から是非にもと伝えたい事が有るそうです」
立花が重要な見解を聞かせようとしているこの時に、それを遮ってまで伝えようとする要件とは何だろうと訝しみつつ八神はテーブルにペンを置いた。
「八神さん、男の俺には分らんのですが、子供が出来るのにどれ程の期間が必要でしたかね?」青ざめた水橋の表情の馬鹿げた質問に八神の方が凍り付いた。
何故そんな質問を水橋はする。
「あの少年も連れて行った方がいい気がします」
水橋が蒼い顔のまま続ける。
「彼等も高校生の様ですし…」
八神の背中を悪寒が奔り、立花がぼそりと呟く。
「始まってるのか…」
受話器を取り上げた水橋が電話の向こうの誰かに告げている。
「あの少年を病院に送ってやってくれ、病院には私から連絡を入れておく、俺達も後を追いかける」




