予感
摩耶と太一の子供を看護婦に返して潤は美咲の病室へ取って返した。
無論摩耶の行き先は気になるが、それと同じくらい、嫌それ以上に何かに強烈に背中を押されて潤は歩みを早めた。
病室に入ると潤は物も言わずに美咲に歩み寄り我が子を抱き上げた。
「どうしたの?」
潤のただならぬ気配に、わずかに疲れを滲ませる美咲が問いかける。
一度肩を竦めて潤が語りだす。
「太一と摩耶の子供が産まれたよ」
潤の言葉に美咲は目を見張る。
小一時間ほども前に潤と美咲の子供を抱いて喜んでいたのだ。妊娠の兆候も見せず、お腹も膨らませず、僅か一時間ほどの間に十月十日の過程を済ませたというのか。
だが、自らも潤との間にあり得ぬ子供を身籠り、今その子は潤の腕の中で安らかな寝息を立てているのだ。
「けど、摩耶が姿くらましちまって…」苦渋の表情を見せる潤。
「潤君」
美咲の手が虚空を掻きむしるように伸びて潤を呼ぶ。
よろめくようにベッドに歩み寄った潤は美咲の横たわるベッドの縁に傅く様に跪いた。
腕の中の我が子が身じろぎして潤に何かを促す。
身じろぎに促されて潤は我が子を美咲に向けて差し上げる。
その姿はまるで女神の前で懺悔する信徒の様だ。
寝返りをうって我が子を捧げる潤の手を自らの手で包む美咲。
「潤君は此処に居てね」
我が子を間に挟んで両の手を重ねる美咲と潤。
潤は重ねた美咲の手から左手に熱が流れ込んでくるのを感じる。
流れ込んだ熱は血液の流れに乗るように左半身を巡ると右半身に移り、右半身に奪われた熱は右手を通して美咲に戻され再び美咲の柔らかな体に温められて潤の身体を巡る。
「美咲は俺のジェネレーターだ」
言葉には出さないが潤はハッキリとそう感じる。
二人の間で赤子が大きく手足を伸ばす。
まるで両親に己の存在を誇示するかのようだ。
美咲の熱が冷えかかる潤の身体を温め、我が子の鼓動が潤の弱り掛ける心臓を打つ。
俯きかけた身体を起こし、潤はベッドの上の美咲に頬を寄せる。
美咲に与えられた暖かさの所為で火照りを取り戻した潤の頬の温もりに自らの頬を擦りつけ美咲は潤の伸びかけの顎髭の感触に生の息吹を確かめて安堵する。
この熱は生きている証、この感触は己が男の証、顔を擦り合わせたまま二人は我が子を枕元に引き寄せる。
我が子を抱き寄せた美咲は我が子に頬ずりする。
熱い、子供の体温が大人より高いのは知っているが、近ずくだけで感じる熱量。
この子は父親の熱を受け継いでいるのか?
美咲は我が子と潤の顔を交互に見比べる。
その左手に「灼熱」を宿した潤。
その血を受け、宿し、我が肉体を喰らって産まれ出た、その血に地獄の業火を携えた乳児。
冷えかかる潤と美咲の心も身体も温める乳児の熱量に気のせいか室温まで上昇するようだ。




