憤怒
「新たな霧です」
最上階に設置された臨時の対策本部。
ロケット発射場の管制室を思わせるデスク群の前寄り、3面を大きなモニターに囲ませた観測要員が後方の司令員に告げる。
「山頂より、新たな霧が出現しました」
「現在展開中の霧に被せるように、北北東に向けて侵攻中」
「侵攻」という表現に陸自内での「霧」の認識が窺える。
最早陸自にとって「霧」はアンノウンでは無いのだ。
「敵の増援だと?」
後方中央の指令席に収まっている1佐が聞き返す。
「正面モニターに地図と重ねて霧の展開範囲を出せ」
1佐の指示に正面モニターの画像が変わる。
画面中央を緩やかに右上がりの幹線道路。
幹線道路と並行するように伸びる鉄道。
鉄道を挟んで、北に学校、病院等公共施設が集まり、更に北に住宅街。
逆に南側は商業施設が林立する商店街。
正面モニターの下端、つまり南端には霧の発生源となっている山。
「鉄道の状況は?」
1佐の問いかけにオペレーターが答える。
「客車の増両は進めていますが、増便は他路線との調整に手間取り思うように進んでいません」
「空自の1S、及び64Dが警戒に当たっていますが、霧が濃くて攻撃は不可能との連絡が入っています」
副官の報告に1佐は唇を噛む。
「榴弾砲部隊、山体北に展開中」
別の通信員が告げる。
モニターの左下方山体の左上に点滅するバツ印が野砲部隊の配備位置だ。
「指示有り次第山頂に集中砲撃の準備中との事」
霧の中の怪物に対して、実弾攻撃がこれまで効果を見せていない事から。霧の発生元を断ってしまおうという作戦なのだが、確認が進むにつれ現在陸自が戦っている霧が、人類が良く知る霧とは異質のモノであるとしれつつある今。
火砲による攻撃が霧に対してどれ程効果を示すものかしれたものではない。
モニター上に薄く拡がる灰色は霧の展開範囲。
その上に画面左下の山頂から、画面右上、高校が有るあたりに向けて濃い灰色が重なっていく。
「ただ手をこまねいている訳にも行かんしな」
やってみないことには次の一手の立てようもない。
「観測班に山頂の観測に集中させろ」
「了解」
オペレーターの答えを確認して1佐は通信員に指示する。
「火砲部隊に暫時砲撃要請」
開発国では既に退役済みで、陸自に於いてもこれまで演習でしか使われた事の無い自走榴弾砲を並べた河川敷。
車列の後方、偵察司令車の上。3等陸尉になったばかりの阿部は緊張を隠せない。
防衛大学校を出たばかりで、実務は初めてなのだが、20キロ先の無人の目標を攻撃するだけとあって訓練を兼ねての指揮なのだ。
後方の指揮所には先輩自衛官が控えており、実質後方と前線の隊員の連絡係の様なものなのだが、所謂ホワイトカラーの阿部にはホワイトカラー故の逆コンプレックスとでも言うべきコンプレックスが有り。
必要以上に周りの目を気にしてしまい、要らぬ気負いが判断を狂わせ度々失敗を招いていた。
学生だったついこの間までは、失敗しても周囲の失笑を買うだけで済んでいたが、ブルーカラーの隊員達を追い越して3尉となった今では失敗は即座に部下達の前で恥をかくことに他ならない。
立場上阿部が上官と言う事にはなるが、部下の中には学生上がりの阿部より、年齢も人生経験も上の人間が多数居る。
「照準合わせ完了しました」
指揮車の上で双眼鏡を覗く阿部にインカム越しに前方からの通信が入る。
既に後方指揮所から砲撃の指示は出ている。
カラカラになった喉を潤す様にゴクリと唾を呑み込みマイクに手を添え、声が震えてはいまいかと心配しつつ阿部は支持を出す。
「砲撃開始!」
静かだった河川敷に時ならぬ野砲の轟音が轟き、大地が土煙を湧き立てる。
毎分2発の連続発射能力を有する自走榴弾砲の上げる轟きは、まるで天に喧嘩を売っているようでもある。
ほとんど同じ位置からの砲撃であるし、山体に対する砲撃で、反撃も予想されていないため、同時弾着射撃なども行わない。
カウントダウンする腕時計を睨みながら阿部は意識して深呼吸を繰り返す。
砲撃中は轟音に紛れて呼吸音なぞ掻き消されて他隊員の耳など気にする必要も無い。
「弾着、今!」
前方に展開している観測班から報告が上がってくる。
「予定通りの位置に着弾しています。修正の必要認めず」
観測班からの報告に胸を撫でおろす阿部。
双眼鏡の向こうは薄く霧に遮られて着弾の様子もここからでは確認出来ないが。
取り敢えず初めての実戦は無事に終えられそうだ。阿部がそう思えたのは、上空に俄かに立ち込めた巨大な暗雲に気付くまでの僅かな間だった。




