ハンドオブグローリー
魂と引き換えにこの世界に何かを残すことが出来たのなら。
グラウンド中央、テレビのウエザーニュースで見た台風の眼の様な様相を見せる霧の渦の穴の直前に立ち、太一は霧を呑み込む巨大な穴を覗く。
巨大な穴は何も見せない。
穴の先に何が有るのか。
穴に底など存在するのか。
穴の先は異界に通じているのか。
黒の中の黒。色も呑み込む巨大な虚ろに太一は不敵な笑みを投げかける。
そうだ、何時も太一はそうして過ごして来た。
相手が親だろうが教師だろうが同級生だろうが。
相手が霧だろうが怪物だろうが、自分に出来る事に変わりが有る筈も無いのだし。
巨大な穴の端に立ち、太一は虚ろの底に向かって中指を立てて見せる。
「俺達の女、俺達の子供をお前になんか呑ませるかよ」
正体不明の災厄に向かって一世一代のハッタリをかます。
脈打つ脇腹の痛みは太一に確かな生を教えて最早闘志を掻き立てるばかりだ。
穴に足を踏み出した太一の足は呑み込まれる事無く黒々とした虚ろを踏みつける。
押し寄せる霧が次々虚ろに呑み込まれていくというのに、太一の足はその事実を無視して虚ろを踏みつける。
そんなことが可能なのか。
潤の様に異能の力も現さず。
摩耶の様に超常の体力も見せることなく。
太一は生身のままでこの異常事態を否定してみせた。
霧の存在も穴もまるでそこに存在していないかのように渦の中央に立った太一は中指を立てた右手を高く差し上げて宣言する。
「摩耶、つまんねぇ俺のこの身体だが、お前の為に燃やし尽くすぜ」
その宣言に周囲の霧が大きく波打つ。
湧きたった霧が太一を呑み込み太一の身体から真っ白な炎が沸き起こる。
少しの熱も感じさせない揺らめく白い炎。
膝立ちのまま、痛みも熱さも感じていないのか、勝ち誇るように天に向かって中指を突き立てる太一は、群がる霧をも寄せ付けぬ真白な炎に守られて色を変えていく。
得も言われぬ穏やかな表情を浮かべたまま、短い生を全うした17歳の少年は、残した者に我が身を形見の死蝋として残した。




