太一
「なあ、いったいどういう事なんだよ。お前なんか知ってるんだろ?勿体ぶらないで教えろよ」
喫茶店を出てから、手を繋いだまま歩き続ける摩耶と美咲の二人の後ろをとぼとぼと歩く潤と太一。
潤より背も高く、精悍な顔つきの太一なのだが、今は潤に窺うような卑屈な表情を見せている。
だが困っているのは寧ろ潤の方だ。
異能の力を顕現させた潤の左手、あり得ぬ形で契った自分と美咲の事、詳しくは分からないがなにがしかの異能の力を発揮したらしい摩耶。
太一が現状取り残された状況に居る事は窺い知れたし、この状況で真実を有るだけ話すわけにはいかないだろう。
これまでは、敬遠して声もかけたことも無い太一に、潤は意を決して語り掛ける。
「御免、今詳しく話す事は出来ないんだけども…」
潤の言葉を遮って太一が声を荒げる。
「んなこたわかってんだよ!」
「俺は馬鹿だから良く分かんねーけども」
「馬鹿なりに俺の頭じゃ理解しきれねえことが起こってるのは分かってるつもりだ」
息を継いで太一は大きく息を吸い込む。
「簡単にだ、簡単でいい」
「馬鹿な俺にも少しでいいから教えてくれ」
激情を押し殺すように懇願の言葉を吐く太一の肩が、小刻みに震えているのが潤にも見えた。
太一は太一なりに、この異常な現実に何とか対応しようともがいているのだ。
誰だって同じなんだ、知らない者は怖い。
皆が知ってて自分が知らないのは疎外感を感じさせられて不快になる。
取り残される不安。
眼を離した隙に誰も居なくなっていたら?
未知の状況に誰もが怯えて疑心暗鬼になる。
慎重に言葉を選ぶ潤。
「摩耶の身に異常が起きたのは見たんだよな?」
小声で訊ねる潤に必要以上に首を大きく縦に振る太一。
「ああ、人間技じゃなかった」
掠れるような太一の言葉が、目撃した事実の物凄さを窺わせた。
「生身の摩耶が」
「ショベルカーみたいなバカでかい怪物を叩きのめしやがった」
泣き出しそうな表情で潤に語る太一の表情に、潤は激しく同情した。
既に異能の力を自ら体現した潤にはまだ頷けるが、未だ常人の太一は自らの正気を疑っただろう。
「信じられるか?あの摩耶がだぞ?」
太一には申し訳ないと思いながら、潤は答える。
「御免…信じられる…」
眼を剥く太一。
「お前も…なのか?」
「正確には同じじゃないけど…俺にも同じような事が…」
太一の顔から急速に血の気が引くのが見て取れる。
「でもさ、でも俺にも何がどうなってるのかはまるで分らないんだよ」
太一の表情に慌てて取り繕う。
「美咲も、なのか?」
うなだれ掛かる太一に勢い込んで答える潤。
「違う!彼女自身は以前のままだ。と思う…」
嘘をつかずに太一も傷つけぬようにと苦しい言い訳をする潤。
「それって、やっぱり霧の所為なのか?」
路上で男二人、肩を寄せ合って顔が近ずくほどの距離でひそひそ話をする風景、平時であればあらぬ疑いも持たれかねないシチュエーションだが、今はそんな二人に注意を向ける余裕のある者など居ない。
校舎の3階の廊下で、突然侵入してきた霧と遭遇してからの、怒涛の様な一連の出来事。潤は大筋を語って細部は言葉を濁す。
事に自分の意志と無関係に身体が勝手に反応している事実など、説明しても体験しなければ理解出来ないだろう事は端折った。




