狼煙
「やられっぱなしと言う訳にも行かんだろう?」
如何にも予備役然としたおじさん自衛官の松山は、会議室に顔を並べた八神達一行の顔をねめまわす。
「打つ手がないとは聞いちゃアいるが、それで手をこまねいちゃ男が廃るってもんでなあ」
時代がかった物言いに八神は思わず鼻で笑う。
明らかに50歳はこえているだろう松山。
父と大して年も違わないんだろうなと思いながら、頬の肉に弛みも見えないのはやはり鍛え方の所為か。
新たな車長として八神達に紹介されたのが今はもう現役を引退して孫と遊んでいたという松山。
厳しい自衛官の業務を勤め上げ、恐らくはもう血生臭い現場に出る事などないだろうと思っていただろうに。
松山の隣に座っているのは、これがまたおよそ自衛官には見えない痩せぎすの青年。
「立花ってんだ、見た目はあれだがおつむのほうは俺なんぞより遥かにマシでな」
立花と紹介された青年は周囲に軽く会釈して手元の書類に視線を戻す。
やはり激務をこなせる強靭な自衛官には程遠い印象。
「あいつは大学院生、体力なんぞ人並み以下だよ」僅かに揶揄するような言い方だがあざけるようでも無い。
会議室を後にし、廊下を並んで歩きながら、後方の立花を気にしつつ八神に話しかける松山。
「プロ、なんとかちゅう専門分野の研究しとるとかいったな」
自嘲するように笑う松山。
「ワシはずっと現場やっとったんでな、むつかしい事は分からんが、この異常事態の分析に本部から回されてきた予備役だよ」
松山の口振りに、苦手なタイプなんだろうなと窺えて僅かに同情の念も湧く八神。
恐らくプロファイリングの事なんだろうと納得して八神は歩を進めた。
自衛隊には本来の隊員以外にも、予備役と呼ばれる隊員が居る事自体は八神も知ってはいたが。
予備役という物は、現役引退した経験者が、人員不足の折に穴埋め要因として参加するものだとばかり思っていた。
戦闘経験も無い学生を駆り出すのでは先の大戦とやっていることが同じではないかと鼻白む八神。
だが怪物相手に、本来人間相手の技術、プロファイリングが役に立つのかと疑問も抱かずにはいられない。
「しかし君も戦ったんだろう?見上げたもんだな」
言葉は慇懃だが、言葉尻に揶揄するような響きを感じるのは八神の自意識過剰だろうか。
男ぶりを発揮するのは大歓迎だし、昨今の草食男子だとか、ジェンダーフリーだとか言う今時の男子は八神の好みではない。
見た目の粗野さとは裏腹に意外と古風な八神には、松山の性格は好もしく感じるが。その反動で旧来の男尊女卑的な振る舞いが顔を覗かせるのは御免だなと思う。
「お嬢ちゃんはまだ独身なのかい?」
気さくな調子で八神に聞いて来る松山。
まったく悪気など無いのだろうが、時代が時代だ。
八神が声を上げれば容易くセクハラ行為と認定されかねない発言を何のためらいも無く口にする松山に嘆息する他ない。
父ほどの年齢の自衛官にそんなお説教をしてみても始まるまいと、深呼吸して八神は答える。
「見ての通り仕事以外興味の無い朴念仁でして」
「朴念仁なんて言葉はあんたにゃ似合わんと思うが」
言ってこれまたジロジロと八神の姿を矯めつ眇めつ。
悪気が無いのは言うまでも無いので八神も気にはしないが。松山本人の為にも機会を見つけて今時の女生との接し方を教えてやらないといけないかもしれない。
エレベーターで地下駐車場に降り立った一行は立花の案内で幾つものライトに照らされた無骨な車両の前に立った。
「これで行くんですか?」
それまで黙ってついて来ていた水橋が堪り兼ねたように口を挟む。
眼前の車両は先だっての偵察車に比べれば明らかにひ弱としか言いようがない機動隊の放水車だ。
機関砲も効かぬ霧の怪物に放水車で挑もうというのか。
あきれ顔を向ける水橋、八神両名の視線に松山、立花両隊員は肩を竦めて見せる。
「立花」
促されて痩せぎすの立花が一歩進み出て語り始める。
「ご覧の車両が対ミストモンスター用特攻車両です」
自身満々の立花の態度に水橋、八神は顔を見合わせる。
霧の脅威だけでも頭がどうにかなりそうだというのに、後方から回されてきた増援が頭のおかしい奴だとか笑うに笑えない。




