続フレンズ
あの子にお乳はあげた。
いつの間にか一回り大きく成長した乳房は今は柔らかさを取り戻して、張りも乳首の痛みも感じない。
子供を預けていた女性隊員に訳を話して授乳を済ませた順子は、急き立てられるように施設を出ると薄闇に暮れかかる道を学校へと向かっていた。
霧が晴れたとはいえ荒れ果てた街並み。人影はない。
早足で校舎に向かいつつ理由も分からない焦燥感に駆られる。
早くしないと間に合わない。
まだ間に合ううちに行かなくては。
何がどう間に合わないのかもわからないが、急げ、急げと身体が叫んでいる。
まだ、まだ彼が彼で居るうちに。
身体を駆け巡る血が泣き、叫んでいる。
まだ彼が人で居るうちに。
何が呼んでいるのかわからない。
誰が呼んでいるのかもわからない。
だのに何故か足は迷わず走り。
腕は大きく振り仰ぐ。
昇降口を駆け抜けると、迷うことなく階段を駆け上がる。
呼んでいる、呼んでいる。
近づく毎に強く感じる声ともつかぬ呼び声。
2階まで一気に駆け上がり3階へと向かう折り返しの階段の踊り場。
3階を見上げた順子の視線に月影に浮かび上がる人影。
一足、一足階段を上る順子の眼に映るその人影は、壁も失われて吹き抜けの様になった校舎のかつて壁があったその面に、絵に描いた様な美しい月と重なって不思議に穏やかなシルエットを見せていた。
「間に合った……」
ゆっくりと階段を上る順子の口から言葉が漏れる。
シルエットがゆっくりこちらを向く気配。
月光が逆光となり、順子にシルエットの表情を見せてはくれないが、順子には見なくとももう分っていた。
「良平君」
シルエットが微かに動いた。
「最後に会えて良かった」
紛れもない何処かおどおどした良平の声、順子は胸が詰まった。
「なんで最後なんて言うの?」
問いながら双眸から溢れて来る熱いものに温められる自分に気付く順子。
「霧が来てるだろ?」
不思議に落ち着いた声で話す良平の声。
「誰かがあいつ止めないとヤバいだろ?」
まるでゲームの話しでもしているかのようなふざけた調子も感じさせる口振り。
「それが良平君である必要は有るの?」
分かっていて聞く順子。
また微かに身じろぎしてシルエットは答える。
「一応は男の子だしさ、カッコつけたいんだよ」
「わたしは嫌だよ」言って順子は顔を顰める。
良平で有るはずのシルエットにも順子の表情は見えていたはずだ。
微かに揺れたシルエットが答える。
「御免、もう間に合わない……」
「こうしないと君等をもう守れなかったから……」
シルエットの言葉を遮るように順子はシルエットに飛びついた。
「だめっ、帰ってきてっ」
掴んだシルエットの衿を揺さぶり叫ぶ順子。
溢れる涙を拭いもせずシルエットの胸に擦りつける。
「あの子だって居るんだよっ」
「私一人でどうしろってっ」
むしゃぶりついて泣き喚く順子。
襟を掴んだ順子の両手を、大きく暖かい手が包む。
「大丈夫だよ」
「順子には沢山仲間が居るよ」
両手を包んだシルエットの腕が大きく廻されて順子を包み込む。
「彼らが順子達を守ってくれる」
その言葉が信じられなかった訳では無いが、順子はまだ愚図る。
「でも、でも。わたしが淋しい」
一陣の暖かい風が順子の頬を撫でる。
「御免、もう行くね」
声が消えた時には順子は一人柔らかな月光を抱きしめていた。
あの人は行ってしまった。
順子の心に温もりを、そして唇に熱い感触を残して。




