懊悩
偵察から戻って以来、研究室に籠りきりの八神は、研究施設から送られてきたサンプルの解析データの結果に戸惑っていた。
明らかに、八神が良く知る地上の生物とは、かけ離れた見た目の霧の中の怪物の物と思われる肉片だったのに、送られてきた解析結果は地上の大型生物のそれと大差ない組成だという。
唯一腱と思われる組織が地上の生物より遥かに太く強靭だという事実が意外な位だ。
そのせいで偵察車の砲塔も動かなかったのか。
モニターに食いつかんばかりに顔を寄せていた八神は、床を軽く蹴ってキャスター付きの椅子をデスクから離し大きく伸びをうつ。
部屋の中には八神独り。
入室時には数名の研究員が居たが、夢中で偵察時のカメラ映像を見ているうちに誰も居ない。
首を廻しながら席を立ち、入り口近くの丸テーブルに設置されたバリスタマシンでブラックコーヒーを淹れる。
自分の席に戻らず丸テーブルの下からパイプ椅子を引き出し腰を落ち着ける。
足を組んで、自分が偵察車を降りてから着替えもしていない事を思い出す。
霧の中で子供と遭遇してからの一連の出来事に、疲労を感じる神経も麻痺してしまっていたのだろうか。
コーヒーの苦みが食道を通じて身体を覚醒させる。
シャワーでも浴びて着替えないと流石に臭いと言われるだろうか。
襟元を摘まんで鼻を近づけ顔を顰める。
八神達一行に預けられた少年の様子を見ていた女性医官は、安定剤を与えて寝かせている少年の寝顔を確認してカルテに目を戻す。
怪物達に襲われて居た所を救われて、どれ程怯えているだろうと思う医官の眼に、意外なほど静かな少年の姿は違和感を覚えさせはしたが、恐怖の余り感覚が麻痺してしまう事もままある事と、医官は自分を納得させた。
自室に戻った八神は着ていた衣類を残らず洗濯機に放り込む。
霧の中に赴き、あまつさえ少年を救う為ハッチを開けて外気も入れた偵察車内に居た事が今更のように思い出され、霧が衣類にこびりついてはいまいかとあらぬ心配も頭をよぎる。
自分でも神経質過ぎるかと思う程ボディーシャンプーを手に取り、身体に塗りたくる。
肩から上腕、脇の下、二の腕と自分の肉を掴みながらさっきまで見ていた怪物の組織表の数字を思い出す。
もっとも30になったばかりの女の細腕と、海の物とも山の物ともつかぬ異界の怪物を比べる事が無意味なのだと思い返し、体中に塗りたくった泡をゴシゴシ擦る。
それなりに見れたプロポーションなのだが、如何せん研究にしか興味のない八神は自分のプロポーションになど興味はない。
周囲の男性陣には気の毒だが。




