呼応
霧は引いた。
人類を嘲笑うかのように残骸と血の匂いを残して。
通りのあちこちをパトカー、消防車、その他の緊急車両が走り回る。
所轄外の車両も多数見かけるが、特徴的なのは救急車が1台も走っていない事だ。
これまでの経験から、失踪者は多数出ても、怪我人が見つかった試しはほぼないからだ。
ほぼと言ったのは、八神達が言っていた、霧の中で怪物と戦って生き延びた人間が居るらしいからだ。
詳細は未だ不明だが、怪物と戦った少年少女達は一人二人ではないらしい。
徐々に集まってくる断片的な情報がもたらすものは、霧の中ではおよそこれまで人間が体験したことが無い何事かが起きている、という漠然とした事実。
颯爽と歩く摩耶の後ろ、すっかり様変わりした街並みを見回しながら。太一は前を行く摩耶の立ち居振る舞いの変化にある意味途方に暮れていた。
元より大人しい女では無い事は付き合った当初から気付いていたが、この数時間の間にも逞しさを増したように見える。
歩く摩耶の腰つきに恐怖を覚えて怖気づく太一。
先程まで居たレストハウスのトイレ。
太一は摩耶に呑まれた。といっても現実に呑み込まれた訳ではないが。
トイレで摩耶に触れた時に感じた、得も言われぬ感覚を思い出して、太一の背中を寒気に似ているが、不思議と快感を覚える何かが駆け上がる。
摩耶に触れると嫌いな爬虫類に触れたような悪寒にも似た感覚を覚えるのに、なぜかそれが次第に快感へと変わっていく。
気のせいか肌触りも蛇の肌に触れているかのような冷たさも感じさせるのに少しも不快には感じない不思議。
寧ろ冷たさが五感を刺激して太一の股間の一物を奮い立たせる。
人気も無いレストハウスのトイレで、乞われるままに摩耶と肌を重ね、あるだけの精を搾り取られた気もする太一は摩耶が狂おしいほど愛しく、恐ろしかった。
そして今、摩耶は何処へ行こうというのか、明確な目的でもあるかのように、少しも歩みを緩めることなく緊急車両や生き延びた人々が右往左往する通りをずんずんと進んでいく。
うっかり目を離そうものなら見失ってしまいそうな毅然とした歩み。
離されまいと懸命に摩耶の姿を追う太一の視界に、見覚えの有る男女の姿が入って来た。
三島木、潤と言ったか。
隣に居るのは確か横山美咲。
同級生の名前など覚える気も無い太一だが、一応は見かけた事のある生徒の何人かは見知っている。
動き出した摩耶に、慌てて後を追った太一は、摩耶がその二人に向かって歩き出しているのに気づいて戸惑う。
委細構わず潤達二人に直進した摩耶は、驚く二人に構わず美咲の手を取る。
「どこ行ってたのよ」
微笑んで聞く摩耶に、突然手を握られた美咲も、隣の潤も面食らうだけ。
「探しちゃったよ」
潤はすぐに美咲と同じクラスの摩耶だと気付いたが、おかしい。大人びた女生徒で有る事は充分知っていたはずだが、何だろうむせるような色香、思わずすぐ後ろに佇む太一に問いかけるような視線を向けてしまう。
だが視線を向けられた太一も摩耶の行動に驚いているのだ。
潤の視線に返す視線を持たない。
「ここじゃなんだし、落ち着けるとこ行こ」
まるで友人と待ち合わせでもしていたかのような気さくさで皆を促し、美咲の手を掴んだまま歩き始める摩耶。
歩き出して直ぐ、摩耶は美咲の下腹にさりげなく触れ、美咲に悪戯っぽい笑顔を見せ小さく呟く。
「先越されちゃったな」
全て承知したような摩耶。微かに摩耶の言葉を理解する美咲。
如何せん、肝心の野郎二人は何が起きているのかまるで分らずバツが悪げに女たちの後をついて並んで歩きだす。




