孤立
「スタック!!」
操縦士の叫びに後部偵察席の水橋は青くなる。
そもそも機動性を優先して、乗り心地なぞさして考慮されていない偵察車。
暗さ狭さに加えて、不快な振動に水橋には悪寒が走るが、それ以上に立ち込める霧がその濃さを更に増し文字通り一寸先も見えない状況。
「落ち着いて側溝を脱出する事だけに集中。ハッチを開けなければ進入される心配はない」
車長の落ち着いた指示がインカム越しに聞こえる。
「了解、脱出に専念します」
操縦士が復唱する。
「前後偵察員、霧で見えないかとは思うが、異常感じた時は逐一報告」
「了解」
正規の偵察員でも無い水橋が戸惑う間に八神の簡潔な返事。
やはり覚悟が違うのだと、水橋は感心するやら改めて恐怖を覚えるやら。
転倒してしまうのではと思う程傾いた偵察車だが、流石に軍用。
霧の所為で外の状況がまるで分らない水橋は、胃袋がひっくり返りそうな衝撃と共に姿勢を取り戻した車体の中で泡を食っていた。
「砲手、いつでも撃てるよう準備だけは怠るな」
「機関砲、機銃いつでもどうぞ!」
これまでの実戦では砲、銃共に怪物の姿を突き抜け、有効なダメージを確認出来ていない。
八神が砲の事をあてにしていなかった理由だ。
理由は定かでは無いが弾丸は霧の中の怪物に効果を見せない。
それでも準備に余念が無いのは現状それ以外に対抗手段を持たないからだ。
発生した霧の中に突入した八神達一行だが、人通りの多い中心部には近寄らず、いつでも霧の外に逃げ出せるよう霧の外周部を周回するだけ。
これでは到底霧の中で起きているであろう惨劇から住民を守る事など出来はしない。
予想していた事ではある。が、こうもあからさまに住民を見捨てるやり方に、温和とは言えない水橋も不快感を隠せない。
現代の自衛隊の主たる任務が人命救助に充てられている事を想えば、こうして始めに偵察のみが任務と割り切っておかねば、恐らく霧の中で人情という枷に足を取られて住民はおろか、隊員たちも生きて霧から出られはしないだろう。
ひと際大きな揺れを起こして車体が姿勢を取り戻す。
普通の環境であれば胃袋をひっくり返すような断続的な揺れに、水橋は胃の内容物を残らずぶちまけていただろうが、ホワイトアウトよろしく視界を完璧に遮られ、更に得体のしれない怪物に接触されているらしき雑音。
水橋の意識は逆撫でられて酔うどころではない。
「なんとか道路中央に戻れそうか?」
車長の問いかけに操縦士が答える。
「辛うじて路肩が認識できます。行けます!」
「急がずゆっくりやってくれ」
「ハッチを…」言葉を繋ぎかけた車長を、八神の叫びが遮る。
「前方に子供!!」
八神の声が裏返っている。
車内の全員が息を呑む。
助けには行けない。
それは全員が分かっていた事。
生きて帰る為に。
どうしても守らなければならない冷酷な真実。
ハッチを開けて霧の侵入を許してしまえば、一人として生きては帰れない。
それを恐れて人混みの無いであろう通りを選んで進んで来たのに。
霧はあくまで冷酷に、あたかもそれが自然の摂理で有ると言わんばかりに、まだ幼い子供の引き攣る悲壮な表情を八神達の前に駆け寄らせる。




