邪念
ポニーテールの後を追いながら弘明は一緒に居た男は何処に行ったんだろうと周囲を見回す。
ビルの中、まだ階下に霧が残る階下に降りて行った少年。
小太りで、お世辞にも頼り甲斐など感じさせない少年だったが、周囲の男達の制止も聞かず階下に降りて行った。
そのことも常軌を逸していて、弘明の探求心を煽って順子に近づく動機を強くさせたのだ。
1学年下の順子が赤子に母乳を与えていた。
風紀委員の一員として順子をよく知る弘明は順子の抱えた子供が順子の子供で有るはずが無い事は解っている。
どう考えても子供なぞ産んだことが無いはずの順子から母乳が出るはずはない。
だが現に赤子は口を動かして乳を呑んで居た。
学年でも常に1,2の成績を争う弘明は、一連の霧に纏わる出来事を自分なりに分析していた。
ひとつ、霧は自分たちが良く知る霧ではない。
ひとつ、霧の中では自分たちが知らない何かが起きている。
ひとつ、まだ噂としてしか聞こえていないが、霧の中で怪物と戦ったものが居るらしい。
余りにも突拍子もない噂が飛び交って、論理派の弘明には失笑を禁じ得ないが、多感な生徒達の間には異常事態に煽られてか妙な噂に感化され始める者も居ると言う。
馬鹿げた話とせせら笑っていた弘明だが、先程の順子の姿はその弘明の信念を揺るがすに充分な映像だった。
何処から見ても幼気な少女、順子が実に母親然として乳児をあやしている。
偏狭では有るが、プライドが高い分、分析力も高い弘明。
自分の為になると割り切ればいつでも手のひらを反す。
噂の真相を確かめるには下級生の順子は最適だ。
風紀委員を共に勤め、大人しく従順な性格も良く知っている。
それが今回の霧の影響かどうかはまだ知れないが、彼女に近づけばなにがしか霧の真実に近づけるかもしれない。
どうやって彼女に近づくか、前方を歩く順子と人々を見ながら弘明は策を巡らす。
成績優秀、頭脳明晰な弘明は有ろうことか長身且つ美形。
見た目に関しては親に感謝するほかないはずだが、傲慢な弘明。両親の巡りあわせすら起こるべくして起きた論理的帰結なのだと我田引水も甚だしい。
霧は道路の脇に引いて道行く人々に行く先を示しているようでもある。
己が疑念を晴らす為と、順子に取り入る方法を企む弘明の脳裏に、横やりを入れるように警告音が聞こえる。
なんだ?綺麗に道を空けたように見える霧に、弘明は胸騒ぎを覚える。
引き返せ。
引き返せ。
誰かの声が弘明の頭に語り掛ける。
幻聴か?訝る弘明は自分が次に取った行動に仰天する。
「順子!」
突然後ろから名前を呼ばれて振り向く順子。
「そっちいっちゃだめだ!」
自分の言葉に唖然とする弘明。
なんとか順子に取り入って己の欲望を満たそうとしていたはずなのに、自分からそれをぶち壊しに行っている。
弘明は自分の顔から血の気が引いていくのを感じる。
おかしい。自分の身体が自分の思うように動いていない。




