空腹
「腹ごしらえしたいよな」
思い出したかのように言って、太一は隣に座る摩耶を見やる。
霧の中での怪物との激闘の後、途切れた霧の外へ出る事が出来た太一と摩耶はバス停のベンチ。
太一の右手を挟んでいた摩耶の股間は元の体温を取り戻して、硬くなったのではと感じさせた内腿の感触も、鱗のように見えた瘡蓋状の物を含め、太一の良く知る少女の柔らかさを取り戻して、太一を安心させる。
考えてみれば、校舎の屋上で摩耶が空腹を訴えてからこの方、何も口にしていないのだ。
霧の襲来で付近に人影は無く、あちこち壊れかけた街並みに二人が佇むばかり。
「あそこへ行ってみよう」
霧を出てから放心したように黙り込み、太一の右手をスカートの中に呑んだまま身動きもしなかった摩耶の股間から腕を抜くと、摩耶の脇の下に手を差し入れ立つことを促す。
呆けたように太一のなすがままの摩耶の手を引いて向かった先は、国道沿いの無人レストハウス。
古臭い蕎麦の自動販売機、うどんの自動販売機。いったい何処で誰が作っているのか知らないが暖かい弁当まで自販機で売られている。
値段もコンビニ弁当よりは安く、内容物もコンビニ弁当に比べれば色どりも栄養バランスも良くは見えないが、これが食べてみると予想外の旨さ。
いつも金欠の太一の腹を満たしてくれるジャンクフードの宝島だ。
摩耶を空いているテーブルの一つに座らせると、太一は並んだ自販機に向かう。
空いているテーブルなどと言ったが実の所、太一と摩耶の他に客など居ない。
霧の襲来の所為ではない。
ここはいつ来てもこうなのだ。
いつ来ても客に出会う事の方が珍しい。
これで良く商売が成り立つものだと感心するが、人付き合いの下手な太一には居心地がよいばかりで入り浸るのも当然。
古びた自販機はどれも修繕の後が見られるが、意外に清潔感は保たれて衛生面の不安を利用客に抱かせない。
唐揚げ弁当の自販機に硬貨をねじ込みボタンを押すとこれもまた古臭いネオン管の表示が残り時間をカウントダウンする。
隣のうどん自販機の肉うどんのボタンも押して摩耶の様子を窺えば、ぼんやりと周囲を見渡している。
憑き物が落ちた、といった風情だ。
うどん自販機が湯切りの音を聴かせ、じき出来上がる事を太一に知らせる。
弁当の自販機が先に音を立て、取り出し口に弁当の姿を覗かせる。
弁当を取り出し摩耶の前に置き、うどん自販機のうどんも取り出す。
摩耶の隣に腰を落ち着けようとうどんを片手に席に向かえば、摩耶の前に置いた唐揚げ弁当は既に残り僅か。
隣の席に置いた肉うどんにまで物欲しそうな視線を向けてくる。
座り掛けて思い直し再び太一は自販機に向かう。
これでは俺の食う分が無い。
ポケットに手を突っ込んで、摩耶の腹を満たせるんだろうかと不安になる。
更に弁当一つ、ハムトースト一つ、かき揚げ蕎麦一つを平らげてようやく摩耶が箸を置いた。
摩耶の食べっぷりに圧倒されて結局太一は何も食べず。
テーブル備え付けのペーパーで口を拭った摩耶の唇は唐揚げの油の所為かぬめりを帯びて心なしか光って見える。
空腹が満たされて満足したのか、摩耶は先程までとは又違った雰囲気で辺りを見渡す。
ひとしきり周囲をみまわした摩耶の視線が太一を捉えると物も言わず立ち上がる摩耶。
身体を擦りつけるように太一の腕をとると指を絡ませてくる。
まるで捉えた獲物を逃がすまいとするように。
そのままレストハウスの奥に太一を引いて歩く摩耶。
奥には古ぼけたレストハウスには不釣り合いな大きなトイレがあるだけだ。
摩耶にトイレに引きずられながら太一は蛇に睨まれたカエルの様な気分を味わっていた。




