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【連載版】未完成の夏~すれ違う思い、重なる夏の記憶~  作者: 空気人形


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episode.09「ぼっちの散策と、斜め上の暇つぶし」

夏の湿気を含んだ重たい空気が、アスファルトの照り返しとともに全身を気だるくさせる。


大阪の芸術大学に通う『渡辺まこと』は、学芸員の資格を取るために一週間だけ地元に戻ってきた。同じ学科で、こんな面倒くさい資格を取りたがるような奴なんてほとんどいない――いや、そもそも物好きな奴なんてほとんどいないのだ。周りの友人たちは皆、教員免許を取るのでだけで手いっぱい、すでにいっぱいいっぱいだった。

まことは普段から基本的に面倒くさがりな性格だが、妙なところだけ要領がいいので、大学2回生のころには一般教養の単位をあらかた取り終え、卒業要件をクリアしてしまっていた。

あとは自分の専攻の科目をいくつかと、来年に控えている卒業制作を仕上げるだけという気楽な身分である。友人たちからも「お前の履修登録を参考にさせてくれよ」と言われるくらいには、単位の取得だけは得意だった。

優がない?可ても良でも単位は単位なのだ。


そんなわけで、学芸員の資格は学校での授業自体も、同じ学科の知人がほとんどいないアウェーな環境ということもあって、最初から最後までとにかく面倒くさそうな予感しかしない。

「そもそも、こんな資格を無理して取らなくてもいいんじゃないか……?」とも心の底では何度も思ったが、仲の良い学科の友達が「教職とダブルで資格が取れたら、就活のとき絶対すごいじゃん!」と妙に感心して背中を押してくれたものだから、今更になって「やっぱりやめる」とも言い出しにくく、ずるずると流されるままにここまで来てしまったのだ。

そもそも研修で地元に戻るといっても、俺が通っていた高校はいたって普通の一般的な学校で、美術コースなんてものがあるわけでもなく、本格的に美術に力を入れているようなところではなかった。

だから、美術系の大学に進学することが決まったときも、お世話になった高校の美術の先生から「渡辺君は多分、うちの学校で初めての芸大進学者じゃないか?」と、なんだか珍しいものを見るような目をされたくらいだ。

地元の懐かしい高校の友人たちも、通っている大学の知り合いも誰も期待できない。完全なアウェーの中、一人ぽつんと受講することになったこの時点で、今回の研修が退屈で面倒くさいものになるのは、最初から運命づけられていたようなものだった。

まぁ、どうせ一週間だけの短い期間だ。適当にやり過ごせば大したことないだろうと、そのときの俺はのんびりと高をくくっていたのだ。


そうして、初日の朝。美術館の冷房がしっかりと効いたひんやりとしたロビーにたどり着いたのは、研修の開始時刻ギリギリのタイミングだった。

俺は慌てて重い自動ドアをくぐり抜け、指定された席へと滑り込むように腰を下ろす。


ふと隣の席に視線をやると、何やら楽しげな話し声が聞こえてきた。どうやら、ほかの大学から同じ友人同士で一緒にこの研修に参加しているらしい。ちらりと横目に映ったその子は、きれいな黒髪のショートカットがよく似合っていて、おとなしい感じだけれども可愛らしい顔立ちをしていた。友達の方も黒髪ロングで目がぱっちりしておりレベルが高い。


「こんちわー」

「あっ、こんにちは……」

俺が声をかけると、彼女は少しだけ頬を赤らめながらも、ちゃんと言葉を返してくれた。なんていうか、すごくいい子だなと感じる。


……まあ、こんな可愛い子たちがすぐ隣の席に座っているなら、この退屈で長い研修も、少しは良い目の保養というか、退屈しのぎになるかもしれない。初日の俺の率直な感想は、正直そんな不純で軽いものだった。

初日特有の堅苦しいオリエンテーションの退屈さも、すぐ隣にそんな存在がいるだけで、なぜか少しだけ空気の輪郭が和らいだような気がした。


――もしかして、勇気を出して話しかけたら、友達になれるかな?

いやいや、そもそも彼女には一緒に来ている友達もいるみたいだし、自分からそんなふうに話しかけるなんて、根っからのコミュ障気質な俺には難易度が高すぎて無理ゲーだろ……。そんな葛藤を頭の中で一人で繰り広げる。


午前の退屈なレクリエーションをなんとなく右から左へと聞き流し、手元のノートにはまともな要点なんて一つも書かず、退屈しのぎの落書きばかりを埋めていく。

なんとか午前中の地獄の時間を乗り切ったものの、いざ待ちに待ったお昼休みになると、現実の世界は容赦なく俺というぼっちの若者に牙を剥いた。


周りを見渡せば、受講生の大半は女子の仲良しグループばかりで、友達のいない完全なぼっちである俺には、そのアウェーな空間の空気があまりにも居心地が悪すぎた。

数名いるはずの他の男子たちも、遠く離れた別の席にぽつんと座っていて、わざわざ自分から「一緒に食べようぜ」などと話しかけに行く気力もない。なにより、たった一週間の短い付き合いなのだから、そこまで頑張って人間関係を作らなくてもいいだろうという、相変わらずの面倒くさがりな気持ちが常に頭をもたげる。

教室の隅っこに漂う圧倒的な居場所のなさに耐えかねて、俺はたまらずスッと立ち上がり、その場から逃げるように外へと足を踏み出した。どこか近くで適当に時間をつぶせる場所を探さなければ。


しかし、与えられた一時間という長い休憩時間は、一人で全く土地勘のない場所で暇を持て余すには、あまりにも長すぎた。

女子グループに話しかけるような勇気はゼロだし、他の男子たちもなんとなく「話しかけるなオーラ」を全身から醸し出されている気がして近づきがたい。


最初こそ、施設の人から「休憩時間は館内を見学してもいいですよ」と言われていたが、そんな小さな展示室なんて、真面目に見てもすぐに終わってしまう。そもそも自分に美術品への深い造詣やちゃんとした興味があれば見学だって楽しかったのだろうが、あいにく俺にはそんな高尚な趣味はない……。明日から、一体どうやってこの長いお昼休みをやり過ごせばいいんだ。

あてもなくコンクリートの照り返す道をただトボトボと歩きながら、俺は自分の圧倒的なコミュ障と不器用さを、少しだけ呪うしかなかった。


それから何日かが過ぎ、少しずつ研修のスケジュールやルーティンにも体が慣れてきた頃のことだった。


思いがけないことに、同じ大学の彫刻専攻だという女の子が、わざわざ俺のほうへと話しかけてきてくれた。彼女の通っていた高校は俺とは違うけれど、同じ大学から来ている人間が自分以外にもいると気づいて、気になって声をかけてくれたのだそうだ。知り合いのいない俺にとって、それは本当にありがたい出来事だった。

それをきっかけにして、今日の課題の圧倒的な面倒臭さや、講師の小言の愚痴について、少しだけ言葉を交わすようになる。たった一人でも誰かと気兼ねなく話せるだけで、あの息の詰まるような研修室の空気が、驚くほどいくらかマシに感じられるものだった。


「ねえ! いつも休憩時間になると、一目散に外へ出かけてるけど、一体どこに行ってるの?」

「いや、周辺を散策しながら、何かお昼を食べられそうなところがないか探して歩いてるんだよ」

「えー、それめっちゃいいな! どこか美味しいところあった? 今度私メイトも連れて行ってよ」

――女子と二人で食事に行くなんて、緊張しすぎて絶対無理だろ、と思ったけれど、その勢いに押されてしまい、

「じゃあ、明日のお昼、よろしく……」

結局、彼女のペースにすっかり強引に押し切られてしまったのだった……。

別に、今まで人生で一度も女子と二人で食事をしたことがないわけではないけれど、やっぱりこうして面と向かうと、どうしても変に緊張してしまう!


「ありがとー! すっごくいいお店教えてもらったわ」

「どういたしまして……お口に合ってよかったよ」

それでも、彼女との初めてのランチの時間は、想像していたよりもずっと楽しかった。地元の知られざるスポットの話、大学の彫刻専攻ならではの泥臭い話、噂に聞く名物教授のやばいエピソードなど、話題は尽きなかった。


この調子で、これからも毎回誘ってもらえるのだろうか? と少しだけ期待してしまう自分もいたけれど、彼女はもともとコミュニケーション能力が非常に高いため、日数が経つにつれてどんどん他にも友達を増やしていき、輪を広げていった。


結局のところ、基本的には相変わらず俺は一人で暇を持て余すままだ。

お昼休みの孤独な散策という日課は、何事もなかったかのように再び俺の日常へと戻っていった。


ある日の休憩中のこと、俺はいつもの決まりきった散策ルートを少しだけ変えてみることにした。すると、美術館から歩いてすぐの裏路地に、昔ながらの小さな古い銭湯がひっそりと営業していることに気がついた。このジメジメとした逃げ場のない暑さの中を、あてもなくダラダラと歩き回るくらいなら、いっそのことここでさっぱりと汗を流したほうが、よっぽど有意義な時間の使い方に違いない。

思い立ったらすぐにその場で行動してしまうのは、俺の数少ない長所であり、同時に色々と面倒を引き起こす最大の悪癖でもある。


ちょうど番台が開き、一番乗りでさっき開店したばかりのようだった。「おっ、一番風呂ゲットだぜ! 常連のおじいちゃんたち、一番乗りで悪いね」と、心の中で小さくガッツポーズをしながら暖簾をくぐる。

当然ながらタオルすら持ってきていなかったので、入口の受付で適当なタオルを慌てて買い、ザブーンと一風呂浴びて、全身すっきりと生き返ったようなさっぱりした顔で美術館へと戻ってきた。

――これは、最高の一休みの時間つぶしを見つけてしまったぞ! 明日からも、時間があれば絶対にここに近寄るべきだな!


すると、美術館に戻るやいなや、さっそく例の同じ大学の女の子に「今日の長いお昼休みは、一体どこに行って来たのよ?」と、まるで俺の行動をすべてお見通しかのような鋭い視線で尋ねられた。


「いや、今日は時間がけっこう余ったからさ、近くの銭湯に行ってひと風呂浴びてきたんだ」

「……は? そんなことある!? ていうか、この一時間の短いお昼休みの間に、わざわざ銭湯に行く人なんてこの世にいるわけ!?」

「まぁ、のんびり浸かってきたわけじゃなくて、さっと汗を流してきただけだしさ」

俺がそう涼しい顔をして答えると、彼女は信じられないものを見るように驚きで大きく目を丸くし、それからこらえきれなくなったように「はははっ!」と盛大に面白そうに笑い声を上げたのだった。

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