episode.17「七夕の短冊と、きらめく誓い」
付き合い始めて、もうすぐ2年。
今年の夏休みも、彼がスケジュールを合わせてくれて、こうしてまた彼と一緒に帰省することになるなんて……人生は何が起こるか本当に分からない。
あの夏、すれ違ってばかりだった私たちが、今ではこうして当たり前のように隣同士で笑い合っている。あの頃の私たちが知ったら、あまりの驚きにひっくり返ってしまうかもしれない。それぞれの慌ただしい日々を過ごし、時にすれ違いながらも、こうして互いの手をしっかりと取り合って同じ故郷の空気を吸っているこの事実が、今の私にとっては何よりも尊くて愛おしいものだった。
地元の駅に到着し、特急列車の扉が開くと、夏の強い日差しとどこか懐かしい空気がふわりと私たちを包み込んだ。
「さすがに1年では変わらないか……」
ホームに降り立った彼は、大きく伸びをしながらそう呟く。その少し日に焼けた首筋や、慣れた手つきでキャリーケースを持ち上げる姿に、時の流れと確かな関係性の深さを感じる。
「そうだね」
私は隣に立つ彼の横顔を見つめながら、「本当は、またあなたとこの街に来られたこと。それ自体が大きな奇跡なのに、あなたの隣で迎える毎日は、ずっとこのままで変わらないでほしいって思っちゃう」と心の中でこっそりツッコミを入れる。――って、なんて恥ずかしいことを考えているんだ私は。
思わず顔が赤くなり、慌てて視線を足元に落とした。アスファルトの黒い地面に、仲良く並んで伸びる二人の影がゆらゆらと揺れている。
「どうかした? 」
彼は不思議そうに私の顔をのぞき込んでくる。その心配そうな、優しい瞳で見つめられると、余計に心臓の音がうるさくなってしまう。
「ううん、何でもない! ちょっと夏の暑さにやられただけ!」
私は慌てて首を横に振ってごまかすと、逃げるようにスタスタと改札口へと歩き出した。
「今年も花火見に行くでしょ?」
実家のリビングでひと息ついたあと、彼は夕方の涼しくなってきた風を感じながら私にそう声をかけてくれた。
「そうだね。去年のあの特等席の感動が忘れられないから、今からすごく楽しみにしてるよ」
おととしの夏、団体見学での劇的な再会以降急接近し、あれから私たちの時間は一気に加速した。あのとき交わした約束の続きを、今年もこうして同じ場所で迎えられることが嬉しくてたまらない。
そして――お祭り当日。
「ちょっと、あたりを散策しようか」
彼は私の手を優しく取り、そっと繋いでくれる。相変わらずお祭り特有のすごい人ごみの中、周りの人にぶつからないよう、彼は常に私の歩幅にしっかりと合わせて歩いてくれる。その温もりを感じながら、私たちは甘い匂いや香ばしいソースの香りが漂う屋台が並ぶ通りをゆっくりと進んだ。
しばらく歩いていると、賑やかな声とともに明るくライトアップされた一角が見えてきた。
「こちらで七夕の短冊を書いて飾っていただけまーす! どうぞお立ち寄りください!」
スタッフの元気な呼び声に惹かれて足を止めると、色とりどりの短冊が夜風にサラサラと心地よく揺れる大きな笹の木が目の前に飛び込んできた。
「ねえ、七夕って先月じゃなかったっけ?」
私が首をかしげると、彼は周囲の看板を見回して納得したように頷いた。
「ああ、この辺りの地域では旧暦の伝統に合わせて少し遅めにやってるみたいだよ。お盆の時期と重なって、ちょうど帰省客も多くてお祭りを盛り上げるイベントにしてるんだね」
「そっか、それにしてはちょっと時期外れだけど、なんだかロマンチックだね」
私たちはせっかくだからと、祭りの一角に設けられた短冊コーナーへと足を踏み入れた。色とりどりの小さな紙とペンが用意された机の前に立ち、私たちは顔を見合わせる。
「ねえ、せっかくだから私たちも願い事書いていこうよ」
私がそう言うと、彼は「そうだね」と優しい笑みを浮かべ、彼は私の短冊をのぞき込んだ後、用意されていた短冊にサラサラと迷うことなくペンを走らせる。
「ちょっと見ないでよー、何書いたの?」
「秘密。かえでこそ、何書いたの?」
「こっちこそ秘密だよ」
私たちは子どものようにはしゃぎながら、お互いに文字が見えないように手のひらで隠し合い、照れくさそうに笑い合いながら、それぞれの短冊を笹の枝の最も目立つ場所に丁寧に結びつけた。
風に揺れるたくさんの短冊の中で、私が結んだ短冊には、ただ一言、心からの願いを込めて記した文字がある。
――『ずっと一緒にいられますように』
そう書かれている。
隣で彼が結んだ短冊にふと目をやると、そこには力強い、でもどこか優しさを帯びた文字でこう記されていた。
――『来年も、その先も、ずっと隣にいてください』
「え……?」
驚いて彼を見上げると、彼はいつの間にか胸元から小さな黒いベルベットの小箱を取り出していた。いつの間にそんなものを準備していたのだろう。周囲の喧騒が嘘のように遠ざかり、コチコチに緊張した面持ちの彼がパカリと蓋を開くと、夜空の光を反射してキラリと輝く、シンプルなプラチナの指輪が静かに鎮座している。
「あの夏、君の後姿を見送るだけで、声をかけることすらしなかった俺だけど……これからは、もう二度と離さない。俺と、結婚してください」
その言葉を聞いた瞬間、止まっていた時間が再び動き出したような気がした。
あの夏、すれ違ってばかりで泣きそうだった夏の夜が、今、こんなにも眩しい奇跡に塗り替わっていく。あの日の苦い後悔も、遠回りした時間も、すべてはこの瞬間のためにあったのだと腑に落ちる。
胸から熱いものがこみ上げ、私はあふれる涙を拭うことも忘れ、ただ小さく、けれどしっかりと、震える声で頷いた。
「……はい」
彼は嬉しそうに、そしてどこかホッとしたような、これ以上ないほど優しい笑顔を浮かべると、震える私の左手の薬指にそっと指輪をはめてくれた。指先から伝わる彼の体温が、たまらなく愛おしくて、私は思わず彼の胸元にぎゅっとしがみついた。
夜空に大輪の花火が再び打ち上がり、ドーンと重い腹の底に響く轟音とともに、色鮮やかな光が私たちの重なり合う手を温かく照らし出す。
あの日の美術館と、すれ違ったベンチと、懐かしい銭湯の思い出が、すべてこの瞬間のためにあったのだと気付く。すれ違った数多の時間が、二人をめぐり合わせるための美しいパズルのピースだったのだと知る。
――私たちはもう、迷わない。
夏の宵の風に背中を押されながら、眩しい未来へと続く新しい一歩を、二人並んでしっかりと踏み出した。




