【幕間・クリスマス 後編】「同じ温もりと、最高の贈り物」
「あいさん! クリスマス、予定空いてますよね? 私の部屋で一緒に飲みましょう!」
受話器の向こうで、あいさんが「ちょっとちょっと」と呆れたような声を出す。
「ちょっと待ちなさいよ。一体なにがどうなったの? まことくんとクリスマス過ごすんじゃなかったの?」
「あの後……彼にメッセージを送って断ったんです。電話もかかってきたけど出られなくて……。彼、本当のことを話してくれなくて……」
思い出すだけで、また胸の奥がぎゅっと痛む。あいさんは深いため息をつき、静かに、けれど優しく問いかけてきた。
「うーん……でも、相手の理由を面と向かってしっかり聞いたわけじゃないんでしょう? それでいいの?」
「……まだ、聞くのが怖くて。もし本当に好きな人ができたって言われたらと思うと……。もう少し、自分の気持ちが落ち着いてからにしたいんです……」
「まあ、出す結論を慌てる必要はないかもしれないけど、話し合いの先延ばしはあまりお勧めしないわよ。時間が経つほど、こじれちゃうこともあるんだから」
「分かってます。分かってるんですけど……でも、今回はお願いです。クリスマスに一人で部屋にいると、寂しさと不安で押し潰されそうで……耐えられそうになくて」
私の情けない声に、電話の向こうのあいさんはしばらく沈黙した後、「はぁ」と笑混じりの息を吐いた。
「まあ、どうせ私も予定のない暇人だからいいわよ。美味しいピザでも取って、女子会しましょ。お邪魔するわね」
「あいさん……ありがとうございます……!」
電話を切ったあと、私は涙を拭い、小さく息を吐いた。これで一人で泣き明かすクリスマスにはならずに済む――そう自分に言い聞かせながら。
そうして迎えた、12月25日、クリスマス当日の夜。
「あはは、あいさん飲みすぎですよー!」
「なに言ってるの、今日はとことん飲むって決めてたんだから!」
私の自室で、あいさんと二人、宅配ピザや缶チューハイを並べてささやかなパーティーを開いていた。賑やかなテレビの音とあいさんの明るい笑い声に救われ、昼間までの重苦しい気持ちが少しだけ紛れていた。
その時だった。
ピンポーン……。
静かな部屋に、唐突にインターホンの高い音が響き渡った。
「あれ? 注文したピザならもうとっくに届きましたよね。誰だろう……宅配便かな?」
首をかしげるあいさんと顔を見合わせ、私は立ち上がって玄関へ向かった。ドアスコープにそっと目を近づけ、外の様子を覗き込む。
そこに映っていたのは――分厚いダウンジャケットを着込み、寒さに肩をすくめながら、かじかんだ自分の手に「はぁっ」と息を吹きかけている、まことの姿だった。
(……っ!?)
息が止まった。心臓が痛いほど跳ね上がる。
なんで……なんでここにいるの? 今日は会わないって断ったはずなのに。どうして……
私が固まったまま動けずにいると、背後から気配がして、あいさんがそっと隣から覗き込んできた。
「……いいの? 話、しなくて」
耳元でささやくように問いかけられた。
「……っ」
首を振ることも、鍵を開けることもできない。断る恐怖と、会いたかった愛おしさが混ざり合い、私の足は床に貼り付いたように一歩も動かなかった。
その時だった。固く閉ざされたドアの向こうから、夜の静寂を切り裂くような必死な叫び声が響き渡った。
『かえで! いるんだろう!? ……ごめん! あの日、俺……かえでへのプレゼントに何を選べばいいか分からなくて、姉ちゃんに頼んで一緒に選んでもらってたんだ! 良い歳して一人で選べなくて情けないよな……急に連絡断っちゃって、不安にさせて本当にごめん! ……今日はもう帰るから!』
ドア越しにハッキリと聞こえる、彼の掠れた叫び声。
(えっ……? お姉……さん……?)
頭の中が真っ白になった。
あのショッピングモールで彼と一緒にいた、背が高くて大人びた綺麗な女性。親しげに笑い合っていたあの相手が――まことのお姉さん……?
驚きで目を見開き、呆然と立ち尽くす私。隣にいたあいさんが、フッと優しく微笑み、私の肩をポンと力強く叩いた。
「どうするの? 彼は恥を忍んで、ちゃんと自分の気持ちを言葉にして伝えてくれたわよ。かえでちゃんも、自分の言葉で答えないと」
「っ……でも……」
けれど、どうしても足がすくんで動かない。勝手に勘違いして、彼の言葉を突っぱねて、逃げ出してしまった自分への情けなさと罪悪感が、鎖のように私を縛り付けていた。こんな私がいまさらどんな顔をして会えばいいの?
「はぁ……本当にもう、手のかかる子ねぇ」
あいさんは困ったように苦笑すると、迷いのない足取りでドアノブへ手を伸ばした。ガチャリと鍵を解除し、思い切り扉を押し開ける。
「かえでっ……!?」
背を向けて立ち去ろうとしていたまことが、弾かれたように振り返り、目を見開いた。
「まことくん、久しぶり。……私は今から帰るところだから、二人でちゃんと話し合いなさいね」
「えっ……!? あ、あいさん!? え、なんでここに……あ、はい……!」
まことが開いた口が塞がらないまま呆然とする中、あいさんは私に向かって悪戯っぽくウィンクしてみせた。そして、まこととすれ違いざまに廊下へと出て行き、パタンとドアを閉めた。
カチャリ、と静かな音がして、部屋に取り残された二人。
気まずい沈黙が、私とまことの間に流れる。テレビの音だけが空しく響いていた。まことは頭をかきながら、消え入りそうな声でゆっくりと口を開いた。
「かえで……ごめん。急に押しかけて、大きな声出して……迷惑だったよな」
「ううん……! ううん、私こそごめんね……っ。あの時、自分の気持ちをちゃんと話さないと後悔するって分かってたのに……勝手に勘違いして、逃げちゃって……本当にごめんね……っ」
溢れ出す涙を堪えきれず、私は頭を下げた。
まことの顔を真っ直ぐ見ると、以前と変わらない、温かくて優しい瞳が私を見つめていた。その瞳を見た瞬間、胸の奥に固まっていた冷たい「しこり」が、氷解するようにすっと溶けていくのが分かった。
まことはホッとしたように「よかった……」と大きな息を吐くと、ダウンジャケットのポケットから、綺麗にリボンが掛けられた二つの箱を取り出した。
「かえで、メリークリスマス。……遅くなっちゃったけど、これ、プレゼント」
「……開けてもいい?」
「うん、もちろんだよ」
震える指先でリボンを解き、慎重に一つ目の箱のフタを開ける。
「きれい……!」
中に収められていたのは、キラキラと輝く繊細で上品なスワロフスキーのペンダントだった。
「俺一人じゃセンスなくて……姉ちゃんに相談して選んでもらったんだ」
「ありがとう……! その気持ちだけで十分すぎるくらい嬉しいよ」
私が嬉しさに胸をいっぱいにしていると、まことは少し照れくさそうにもう一つの箱を差し出した。
「で、こっちは俺が自分で選んだんだ」
期待と緊張が入り混じる中で二つ目の袋を開けると、そこに収められていたのは――シックで質の良い、とても柔らかい革の手袋だった。内側には温かい裏地がついていて、手に取ると胸がキュッと締め付けられる。
「ふふっ……あははっ!」
あまりのことに、私は思わず声を上げて吹き出してしまった。
「えっ!? な、なに!? やっぱり変だった!? バイクに乗る時に手がかじかむからいいかなって思ったんだけど……やっぱり女の子に革の手袋ってダメだった……!?」
急に笑い出した私を見て、まことが真っ赤になってパニックを起こしている。私は涙を浮かべながら、必死で首を振った。
「違うの! 変なんかじゃない! 全然違うの! ちょっと待ってて!」
私は急いでリビングの隅へ走り、一度は悲しさのあまりバッグの底の奥深くへ押し込んでいた紙袋を取り出した。手でシワを伸ばし、彼のもとへ駆け寄る。
「これ……私からの、クリスマスプレゼント」
「え……?」
「私ね……見ちゃってたの。まことがショッピングモールで、あの綺麗な女性と一緒にいる姿を……。仕事って言ってたのにどうしてって、ショックでパニックになっちゃって……。ちゃんと聞けばお姉さんだって分かったはずなのに、聞く勇気がなくて逃げちゃったの。本当にごめんね」
「いや……俺がサプライズにしようとして、変にコソコソ隠したのがいけないんだ。かえでを不安にさせてごめんな。……これ、もらっていいの?」
「もちろん! 開けてみて。多分……絶対、笑っちゃうから」
「笑わないよ、かえでが俺のために選んでくれたものなら、何だって嬉しいよ……って、なにこれ!?」
紙袋から出てきた箱を開けた瞬間、まことの目が限界まで丸くなった。
そこに収められていたのは――
先ほど彼が私に贈ってくれたものと、全く同じデザイン、同じブランド、同じ色の……メンズ用革手袋だった。
「でしょ!? 全く同じなんだもん!」
「本当だ……! くくっ、なんだよこれ……これは笑うわ!」
二人で手袋を見比べ、顔を見合わせ、お腹を抱えて声を合わせて笑い転げた。
あんなに苦しくて、暗い部屋で一人で泣いていた時間が嘘みたいに消え去っていく。温かい光と笑い声が、部屋いっぱいに満ちていった。
「……あ、そうだ。あいさん呼び戻そうか?」
涙を拭いながら、まことが思い出したように提案した。
「そうだね! ピザもチキンもたくさんあるし、3人でパーティーしよ!」
私は急いで部屋を飛び出し、廊下へ走った。
エレベーターホールに向かうと、あいさんはまだ帰らずに、スマートフォンの画面を眺めながらゆっくり歩いていた。
「あいさーーん! 3人でパーティー続けましょ!」
叫んで駆け寄ると、あいさんは振り返り、両手を腰に当てて呆れ顔を作った。
「あら? なに? お邪魔虫の私が戻っていいわけ?」
「お邪魔虫なんてとんでもないです! あいさんがいなかったら、今の私達はありませんから!」
私が胸を張って答えると、あいさんは「まったく、よく分かってるじゃないの」と目尻を下げて優しく微笑んだ。街灯の光に照らされたその微笑みは、どんな聖女よりも神々しく、温かく見えた。
部屋に戻り、テーブルの上にお揃いの革手袋をふたつ並べた。
3人で缶チューハイを掲げ、「メリークリスマス!」と声を合わせて乾杯する。
少し遠回りをして、たくさん泣いてしまったけれど。
この人と出会えて、諦めないで本当によかった。
テーブルの上の手袋を見つめながら、私は冷え切っていた指先と胸の奥が、ゆっくりと、どこまでも温まっていくのを感じていた。




