【幕間・クリスマス 中編】「秘密の理由と、閉ざされた扉」
「ごめん、姉ちゃん。この忙しい時期なのにわざわざ呼び出しちゃって」
冬の寒さを忘れさせるような熱気と、クリスマスソングが響き渡るショッピングモール。その吹き抜けの広場で、俺は隣を歩く姉に向かって深々と頭を下げた。
姉は普段、神戸のアパレルショップで働いている。センスが抜群で顔も広く、昔から俺の頼りになる存在だ。年末の書き入れ時で忙しいのは百も承知だったが、俺にはどうしても姉の知恵とセンスを借りたい理由があった。
「まあ、いいってことよ。例の彼女さんの件でしょ?」
姉は呆れたようにくすっと笑いながら、カツカツとヒールを鳴らして歩く。背が高くスタイルも良くて、どこか大人びた雰囲気を纏った姉は、職場の後輩からもすごく頼られているらしい。今日も洗練された服装で、通り過ぎる人がちらほら振り返るほどだった。
「そうなんだよ……。クリスマスにうちにおいでって誘ってはみたんだけどさ。女の子に何をプレゼントすれば喜んでもらえるのか、全然分からなくて。頼む、プレゼント選びにつきあってくれ!」
俺が情けなく頼み込むと、姉は大きなため息をついて見せた。
「まったく、相変わらず不器用で情けない弟ねぇ。……まあでも、せっかくお家にお呼ばれするなら、メインのプレゼントと、もう一つちょっとしたサプライズの品でも渡した方が好印象じゃない?」
「それもそうか……。なにがいいかな?」
「一つは私が選んであげるから、もう一つはあんたが自分で探しなさい! 彼女への想いってものが一番大事なんだからね」
「はーい……」
そうやって二人で館内の雑貨屋や有名ブランドショップを散々見て回った。姉が選んでくれたスワロフスキーのペンダントを買い終えた後、俺はあるショップの店頭でふと足を止めた。
「これなんてどう? 革手袋。俺、彼女をバイクの後ろに乗せることがあるからさ。ほら、メンズとレディースでサイズがあるから、色違いでお揃いにもできるじゃない」
ディスプレイされた手袋を指差すと、姉は手袋を手に取り、質感や縫製を確かめるように検分した。
「ふーん……まあまあね。合格点をあげてもいいでしょ? あんたらしくていいんじゃない」
「助かったよ、本当にありがとう!」
店員さんに綺麗にラッピングしてもらい、二人で店を出たところで、ポケットの中のスマートフォンが震えた。取り出して画面を見ると、そこには『かえで』の名前が浮かんでいた。
(うわ、やばい……! 今電話に出たら、背景の音でショッピングモールにいるのがバレるかもしれない。サプライズが台無しになっちゃうな)
俺は一瞬迷った末、通話を切り、焦る指先で短いメッセージを打ち込んで送信した。
『ごめん! 今手が離せなくて。あとでまた連絡するね』
よし、買い物が終わって家に帰ったらちゃんと掛け直そう――そう思っていた。
……だが、その夜。自室に戻って一息ついた俺のもとに届いたのは、かえでからの思いもよらない、冷たい一言だった。
『そっか……。ごめん、クリスマス、予定ができちゃったから会えない……』
「え……?」
画面に表示された文字を、何度も何度も読み返した。
突然の拒絶。頭が真っ白になり、血の気が引いていくのが分かった。何か怒らせるようなことを言ってしまっただろうか? それとも、俺の知らないところで何かあったのだろうか?
『あつや、助けてくれ。彼女から急にクリスマス会えなくなったって言われた……どうしよう?』
居ても立っても居られなくなった俺は、中学時代からの親友であるあつやにメッセージを送った。昔から俺の情けない部分も知っていて、いつもズバズバと意見を言ってくれる頼もしい奴だ。
『お前、どうせまた何かやらかしたんだろ? 心当たりがなくてもとりあえず謝っておけって』
すぐにあつやから返信が来た。
『いや、理由が本当に全然分からないんだよ。あれから電話してもメッセージ送っても、ずっと無視されてて……』
『メッセージは既読になるのか?』
『うん、既読にはなる』
『じゃあ、まだ望みはあるんじゃないか? わけが分からないなら黙って引き下がるなよ。直接会いに行ってみろよ。男見せろ!』
あつやの威勢の良い言葉に背中を押されたものの、いざとなると足がすくんだ。
理由も分からずに押しかけて、もし本当に嫌われてしまったら? しつこい男だと思われて完全に拒絶されたらどうしよう?
恐怖と迷いが勝ち、あつやに返信すら打てないまま、時間だけが虚しく過ぎていった。
そして――答えが出ないまま、とうとうクリスマス当日を迎えてしまった。
12月25日、夜。
吐く息が真っ白に染まる冷え切った夜空の下、俺は覚悟を決め、愛車のアドレスに跨がってエンジンをかけた。冷たい冬風がヘルメット越しに頬を刺すが、胸の奥の焦燥感の方が遥かに強かった。
(逃げちゃダメだ……今日行かなきゃ、絶対に後悔する)
バイクを走らせ、かえでの住むアパートへと向かう。
駐車場にバイクを止め、見上げると、彼女の部屋の窓には温かいオレンジ色の明かりが灯っていた。
(中に……いる)
無事に部屋にいることを確認し、安堵と緊張が入り混じる。俺は深く息を吸い込み、固い足取りで外階段を上り、彼女の部屋の前に立った。
胸の鼓動がうるさいほど高鳴っている。意を決して、インターホンを押した。
ピンポーン……。
静かな廊下にチャイムの音が響く。だが、返事はない。
ピンポーン……。
もう一度鳴らしてみる。ドアに耳を近づけると、室内からわずかに人の気配やかすかな足音が聞こえる気がした。間違いなく中にいる。けれど、扉が開く気配はまったくなかった。
(やっぱりダメか……。拒否されてるのにしつこくしたら迷惑だし、今日は帰ろう……)
やっぱり俺じゃダメだったんだ。そう自分に言い聞かせ、肩を落として背を向けた。階段に向かって一歩、二歩と踏み出しかける。
けれど――その足が、まるで地面に縫い付けられたようにピタリと止まった。
(……いや、ダメだ! なにやってんだ俺は……!!)
脳裏をよぎったのは、2年前の夏の日の光景だった。
あの時も俺は、自分の気持ちを伝える勇気が出せなくて、傷つくのを恐れて、そのまま彼女の手を離してしまったのだ。あの時の悔しさと涙を、俺は忘れたのか?
また同じ過ちを繰り返すつもりか? ここで背を向けて逃げたら、今度こそ本当に二度と、かえでに会えなくなってしまう!
(……逃げるな、渡辺まこと!)
俺は自分に喝を入れると、きびすを返し、固く閉ざされた扉に向かってまっすぐに立ちふさがった。そして、部屋の中に届くように、必死で声を張り上げた。
「かえで! いるんだろう!? ……ごめん! あの日、俺……かえでへのプレゼントに何を選べばいいか分からなくて、姉ちゃんに頼んで一緒に選んでもらってたんだ! 良い歳して一人で選べなくて、情けないよな……。急に連絡断っちゃって、不安にさせて本当にごめん! ……今日はもう帰るから!」
胸の中に溜め込んでいた泥臭い本音と謝罪を、一気に吐き出した。
かえでへ届いてほしい。俺の本当の気持ちが、この分厚いドアを通り抜けて届いてほしい。
深々と頭を下げ、数秒間その場でじっと耳を澄ませた。
……返事はない。
やっぱりダメだったか。苦い思いが胸を締め付ける。俺は静かに息を吐き、今度こそ諦めて背を向け、歩き出そうとした。
その時だった。
ガチャリ。
静まり返った夜の廊下に、金属的な解錠音がはっきりと響いた。
俺の心臓が跳ね上がる。扉がゆっくりと、内側から開かれていく。
「かえで――!」
俺は弾かれたように振り返り、溢れんばかりの想いを込めて名前を呼んだ。
けれど――そこに立っていたのは、俺が思い描いていた彼女ではなかった。
ドアの隙間からひょっこりと顔を出したのは、見覚えのある大人の女性――かえでが勤めている職場の先輩で、以前一度だけ挨拶をしたことのある『あいさん』だった。
「あら、まことくん。お久しぶり」
「え……!? あ、あいさん……!?」
思いもよらない人物の登場に、俺は開いた口が塞がらないまま、その場に固まってしまった。




